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彼女は男女共に人気が高い。誰にでも愛想がよく、誰にでも親切で、誰にでも笑顔を振りまいている。彼女のモデルを凌駕するような可憐な容姿は大学全体で話題になるほどだ。街を歩けば視線が当たり、東京を歩けば芸能事務所に入らないかと声を掛けられる。スカウトの方はやんわりと断っているようだが、その断り方も堂に入っていて、まるで本当に姫のように穏やかに笑顔で辞退しているらしい。
「おひな様もあれだけの美貌なのに浮いた話のひとつもないよな。まあ、そこは男子的には嬉しい点だけど」
誰にでも愛想がいいというのは逆に言えば、誰か特別に接している者もいないということだ。陽菜がよく好みのタイプを聞かれているのを目にするが、いつも微笑みでもって返している。聞いた側はそれで毒気を抜かれるか、陽菜に惚れてしまうという。
「今まで多くの男共が告白に踏み切り、そして無残な屍の山が築かれているという。まさに高嶺の花。俺も卒業間近だし告白してこようかな」
「あんまり桃瀬の迷惑になることするなよ」
「迷惑かどうか分かんないじゃん?」
「迷惑だよ」
「あ、断定しやがったなてめえ」
そんな折、談笑を続けていた陽菜がこちらへとやって来る。それに伴って、周囲の人だかりも一緒にこちらにやって来る。拓眞はまるで護送船団方式だな、と思って苦笑した。
「宮城風の芋煮も食べたいな」
陽菜は可愛らしく微笑むと発泡スチロール製の器にお玉で拓眞が大半を作った芋煮を注いでいく。
「栗生くんが作ってくれたんだよね。頂くね」
「ああ」
拓眞が頷くと、陽菜は小さい頬を膨らませて、熱々の芋煮を吹いて冷ましている。周りの男子がごくりと唾を飲み込んだ気がした。
「うん、美味しいよ。お味噌の塩加減が優しくて。あったまるね」
陽菜がこてんと小首を傾げて微笑む。その微笑みは拓眞に向けられたものだったが、周りの男子も一緒にノックアウトだ。拓眞はと言うと表情を一切変えることなくこう返す。
「ま、埼玉県民が作った宮城風芋煮だけどな」
「ふふ、埼玉県民は最強だからね」
陽菜がくすりと笑う。
「そう言えば、おひな様も埼玉出身だっけ」
取り巻きの女子のひとりがそう尋ねる。
「そうだよ。だから、私の作ったのも埼玉県民製の山形風芋煮なんだよ」
と言っても、北稜大学は様々な地方から人が集まるので、出身地が被ることはさほど珍しいことではない。
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