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「ああ、そうだよ! 無駄なんかじゃなかった。でも、『それでいい』って納得できるほど俺はできた人間じゃないんだ」
拓眞の頬を涙が伝った。それはぽとりと地面に落ち、跳ね散った。
「なら、続ければいいじゃない。そのための力はあげたでしょう」
カミサマはそう言った。
「だから、どうやってさ。これ以上やったら彼女の気持ちは……」
「じゃあ、ひとつだけ教えてあげる」
雨音が激しくなる。風も強い。もしかしたら、雷が鳴るかもしれない。
「シャペロンは僕だけじゃない。今回の件、他のシャペロンが関わってる」
カミサマの声は、小さく、雨音にかき消されそうだった。
「えっ」
耳を疑った。思わず拓眞は顔を上げた。
「それってどういう意味……」
それ以上の言葉をカミサマは紡がせなかった。微笑みを浮かべたまま、拓眞の唇に人差し指を押し当てると、もう一方の人差し指を自らの唇の前に立てる。
「これ以上は言えないよ」
どうして、という言葉を拓眞は飲み込まざるを得なかった。
「自分で確かめるんだ」
カミサマは言った。
「運命は時に残酷だ。君達人間を苦しめ、翻弄する。でも、そんな逆境の運命に自ら抗うからこそ、人間は前に進める。だからこそ、神というものは人間が好きなんだ」
カミサマは拓眞を背に歩き出す。
「醜く足掻くからこそ人間は美しい。その様を、可能性を僕に見せてよ」
カミサマは病室の扉を開け、外に出て行く。
「ちょ、ちょっと待てって」
拓眞は慌てて立ち上がり、カミサマが出て行った扉の外に出る。だが、辺りを見回してもカミサマの姿はなかった。まるで煙のように消えてしまった。
拓眞は大人しく病室へと戻る。
そして、そのまま荷物をまとめると、再び扉の外に出る。
「陽菜……俺は……」
拓眞が立ち去り、無人となった病室はまるで見送るように扉を閉じた。
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