第三話 シャペロン

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***  拓眞はとぼとぼと歩き、気付けば自宅の前に辿り着いていた。昼前に帰ってくるのは最近では久し振りだ。ここのところずっと忙しく、家は寝るための場所だった。玄関を開ければ、乱れた室内が見通せた。うっすらと埃の積もった床の上には、ゴミやら服やらが散乱している。拓眞は靴を脱いで部屋に上がると、ベッドにごろりと横になった。  考えるのはどうしても陽菜のことだ。陽菜は尚央が好き。その事実がゆっくりと脳内に浸透していく。正直信じられなかった。陽菜と最も仲が良かったのは自分だ。陽菜が最も信用していたのも拓眞だろう。彼女が素を見せるのも拓眞だけだ。拓眞は特別だった。だが、ただ特別なだけではない。彼女の病を治すために奔走し、カミサマと出会い、クルクミンを見出した。 「あれ、でも俺、結局、有機合成の技術なんて使わなかったな」  拓眞が実質したことといえば、カミサマに授かったGIFTを操作し、凛子の助言を受け、尚央と晴美の協力を受けて陽菜にカレーを食べさせただけだ。 「俺が今まで頑張ってきたことって……」  ただ、陽菜の特別という立場に胡坐をかいていただけではなかっただろうか。陽菜の特別が変わらないと思い込んで。 「かっこ悪……」  拓眞は枕に顔を埋めた。そのままいつしか眠っていた。  数時間後、拓眞は身体の重さで目を覚ました。ずっしりとした何かが身体の上に乗っかっているかのようだ。連日の無理が祟って身体を壊したのかもしれない。拓眞は呼吸しやすい体勢に移行しようと、寝返りを打った。 「あう」  自分の身体の上から声がした。 「は?」  思わず飛び起きると、拓眞の身体の上から何かが転げ落ちた。それはベッドの上にぼふりと倒れると、呻きながら身を起こした。 「いたたた、わたくしがいるのに急に身体を起こすなんて何を考えているのかしら」  それは少女だった。長い金髪の小学生くらいの女の子。どうやら外国人のようで、少し日本人とは異なった彫りの深い顔立ちをしている。服装はどこかのお嬢様のようで、ゴシック調の黒いドレスだった。 「え、誰! 子供?!」  拓眞は混乱して思わずベッドから転がり落ちる。拓眞の脳裏に児童誘拐という不穏な単語が浮かぶ。 「どっから入った?」 「どこって……普通に玄関からですわ。鍵は閉まっていませんでしたわ」  少女はむくりと起き上がると、乱れた服と髪を整えている。どうやら、目の前の少女は寝ている拓眞の上に座っていたらしい。
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