私は夫を殺してしまった

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    「あなた! これは何?」  夫がベッドで横になって、テレビを見ていた時だ。いつになく強い口調で私が突き出したのは、派手な絵柄のポケットティッシュだった。  彼のジャケットから出てきたものだ。部屋の隅に脱ぎ散らかしてあったから、親切心でハンガーにかけようとして、その時に気づいたポケットの膨らみ。中から出てきたのがこれだった。 「どうした、優子。ただのティッシュペーパーだろ?」 「ただのティッシュじゃないわ。よく見てよ!」  ポケットティッシにはありがちなことだが、宣伝広告らしきカードが入っている。このティッシュの場合、駅前通りの裏路地にあるキャバクラの店名が書かれていた。 「あなたは今、仕事もなくて私に養われてる身分よね? キャバクラなんて行く余裕ないでしょう! どういうつもり?」 「いや、勘違いするなよ。ただ駅前で配ってたのを受け取っただけだぜ。俺がキャバクラで遊んだわけじゃなくて……」 「嘘! じゃあ、これは何?」  続いて私は、証拠2号を突きつける。キャバ嬢の名刺だ。ティッシュと一緒に、彼の上着に入っていたものだった。 「ああ、それは……」  慌てたような口調と表情は、ほんの一瞬。彼はすぐに平静を取り戻す。 「……うん、思い出した。先輩に誘われて断れず、付き合いで行ったやつだ。何年も昔の話だから、すっかり忘れてたよ」 「嘘ばっかり! 先輩って誰よ?」 「以前の職場……。二つ前の職場の先輩でね。確か名前は、長谷川さんだったかな?」 「聞いたことないわ、そんな名前!」  まだ働いていた頃、彼は職場の人間関係について話すことも多かったが、その中で『長谷川さん』なんて一度も出てきていない。  しかし、ポイントはそこではなかった。まず『何年も昔の話』というのがあり得ないのだ。  彼のジャケットは、時々私のスーツと一緒に、クリーニングに出しているのだから。何年もポケットに入れっぱなしならば、とっくの昔に見つかっているはず! 「あなたって、酷い嘘つき!」  彼を罵る言葉を吐きながら、私は悲しくなって、自分自身を憐れんでいた。  こっちは毎日毎日、嫌な上司の相手もしながら、会社で頑張っているのだ。その間、彼は家でゴロゴロしている。それだけでも少し納得いかない気分なのに、『家でゴロゴロ』どころか、外で水商売の女と遊んでいたなんて……! 「私という妻がありながら、どういうつもり? 私よりキャバ嬢の方がいいっていうの!?」 「いや、そうじゃないさ。家庭は大切だし、俺の一番は優子だけど……。ほら、食事でもさ、たまには好物以外が食べたくなる、みたいな感じかな? 女も同じで、たまにはプロのテクニックを味わってみたい、って気分になって……」  彼は弁解のつもりだろうが、全く弁解になっていなかった。むしろ墓穴を掘っていた。  女性を食事に例えるのも言語道断だし、しかも「食べたくなる」や「プロのテクニックを味わう」という発言。キャバクラ来店を認めたどころか、キャバ嬢と関係を持ったと告白したようなものではないか! 「許せない!」  頭に血が上った私は、キッチンから包丁を持ち出して……。 「冗談はやめろよ、優子」  ヘラヘラ笑う彼の胸を、グサリと突き刺したのだった。    
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