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「ひとの思いからくる、愛憎は計り知れないですから──」
たとえば宝石。それから金や銀といった鉱物。
谷地さんは言った。大地からたまたま得た石塊に、人が価値をつける。
「人がらみのほうが、得体の知れない亡霊よりもやっかいですよ」
伝えたい本意はわかる気がした。
たまたま含有物による純粋な発色があり、極めて透明であれば希少となる。そんな奇跡の石塊を競り合ってでも欲する者が多ければ、市場では巨万の額に跳ね上がって取引される。
それらは人の強欲をあぶり出す。争いの火種にもなる。流通させれば、もっと金になる。貧しい者を酷使しては、一部の層を裕福にしてきた。物欲は人生の浮き沈みだけでなく、時に生死をも左右する。きらびやかな市場の裏で、人の目につかない実情でもある。
想像してみる。あのイベント会場で見たあまたの石たちには、どれほどの人々が関わってきたのだろうか。掘り出した者、売り買いした者、運んだ者、加工した者、あるのは幸せな過去ばかりとはいえない。
きらびやかな見栄えの裏側。見えない背景に、後ろ暗いものがつきまとう。市場主義の頂点に息づく者の足もとには、はるかに多くの浮かばれない者がひしめいている。
だからこそ、手に入れたら浄化するという考えかたがはびこるのかもしれない。美しいがゆえに、純粋に美しくあってほしいと願うからだ。
ばからしい。
美しいものを身につけたら、幸運が舞い込むと信じるのは人間だけだ。原石が埋まっている土地に住むものは、すべてが幸福になってなければおかしい。それどころか深い欲と業にまみれているじゃないか。
「人の手で作り出されたものが人の心を動かすことはあっても、物質が人のように働きかけるとは──僕には思えないです」
谷地さんが神妙に言い終えると、空間に沈黙が落ちた。
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