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自宅を訪れてから、谷地さんとは交流が増えていった。
収集の傾向を知り、造詣の深さに触れて、谷地さん個人を好ましく思ったのもある。たがいを尊重する関係は、とても心地がよかった。
呑みに誘われることもあった。気楽な独り者同士だと知って、一ヶ月に一度、都合が合えば二度、三度と語り合う間柄になっていた。結婚してとっくに子持ちになり、縁遠くなった友人よりも間違いなく会う回数は増えた。
あの素晴らしいコレクションが頭から離れずにいた。ふたたび拝ませてもらいたかったが、なかなか機会が巡ってこなかった。それとなく探りを入れても、やんわりと断られる。
谷地さんは自分のことを多くは語らなかったが、名の通った会社に勤め、平日は忙しく、残業も多いと聞いた。さすがに自宅に伺いたいとは伝えがたく、外で会うことが続いた。
仕事帰りに待ち合わせて居酒屋に寄ったとき、谷地さんはすこし痩せたように見えた。だいぶ疲れたようすで、目の下に隈を作っている。
それでも機嫌よく笑う。夜になっても外はうだるような暑さで、歩くだけでも汗だくになった。冷房がよく効いた店内で、冷えたビールを喉に流し込むと生き返る思いがした。
彼は先月、平日に休みをとって泊まりがけで出かけ、いいものを手に入れたと嬉しそうに話した。
そういえば、と真顔になって報告される。
「あの箱、急に蓋が開くようになったんですよ」
「箱……ですか?」
箱──といえば、谷地さんの部屋にあった、開かずの木箱のことだろうと思い至った。
最近、乾燥してるからかな、と谷地さんはひとりごとの口調になった。
「本当にするっと抜けるようになって、驚きました」
それで、と言い置いて、焼酎のお湯割りを口にする。
「いい機会なので、そこに保管することにしたんです」
「いいもの、をですか?」
ええ、と楽しげに、なにかあったかいものを懐に入れたかのような満面の笑みでうなずく。
これは──、と察しがついた。
この感覚は知っている。いままで何度か、傍らで眺めてきたからだ。
そう、自分の人生に、とてつもなく大切なものを受け入れた覚悟。未来への期待に、表情が輝いている。
恋人ができた、と言った同僚の顔。結婚の報告があるんだと言い放った、数少ない親友と同じ。あいつらと、しょっちゅう明け方まで遊び歩いたのも昔となってしまった。
それにしても──いいもの、と言い切った谷地さんの、意味する対象がとても人とは思えない。
縁を繋ぐ箱。
谷地さんはなにを望んでいるのだろう。
おたがいがまだ敬語の抜けきらない付き合いをしているだけに、深く立ち入る話題ではないのかもしれない。
あまり深入りしてはいけない。そんな気がした。
「いい縁と結ばれるといいですね」
胸のうちにつかみどころのない靄を抱えたまま、作り笑いで応じた。
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