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「もう少し早く知っていれば、手の打ちようもあったんでしょうけどね。素人目でも見栄えがよさそうに見えたのか、手頃な大きさの石をいくつか残してたので、その場で頭を下げて、」  これだけ、と谷地さんは石に指を差し、強調した。 「僕が譲り受けたんです」  もらったのではなく、譲り受けた、と気持ちをこめて言うあたり、つまりはそういう意味なのだろう。この菊花石が、谷地さんの嗜好につながる原点に思えた。  折りたたみの小さな座卓を部屋の隅から引っ張り出してきて部屋の真ん中に据えると、谷地さんは買ってきた惣菜のパックを開けて並べはじめた。  観賞用として美しく磨かれた菊花石を、身を屈めてじっくりと眺めた。本当に素晴らしい。こんなものが偶然に、現実に存在するものとそっくりにできあがってくるとは。  ずっと眺めていたい気持ちはあったが、そうもいかない。それに、ほかも見たい。谷地さんのコレクションは本物だと確信した。  隣の鑑賞石へと目を向ける。  こちらはまるで毛色が違う。暗緑色の地色に白い石脈が波打っている。蛇紋石と呼ばれるものだった。白くのたうつ蛇に見える部分が、浮き彫りとなるように研磨されている。  さらに隣の石は、黒い地に人の顔が白く浮き上がっていた。髪の長い女の顔。まるで水墨画のようだった。  どことなく、有名な日本画の幽霊絵を思い起こす。こんな自然石が存在するのか、と驚愕する。 「これ、すごいですね」  指をさして感想を述べる。  ああ、それは、とすでに腰をおろした谷地さんが応じる。 「たまたまうまくいったんです。そう──」と人差し指を立て、すこし考え、あれです、と続けた。 「昔のアクセサリーで見かけませんか? カメオって言うのかな、石で言えば瑪瑙(めのう)の加工石、あれの応用です」
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