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コンサートホールに向かう途中で彼女と遭遇するかもしれないと思った。オレンジ色のワンピース姿の彼女を思い浮かべながら歩いた。背は僕の肩ぐらいだった。どちらかというと痩せている体型で、大きな目が印象的で……。
彼女の事を考えた瞬間、また心臓がキュッと締め付けられる。言葉にしがたいこの感情は一体何だ?
彼女を探しながら考えるがわからない。
きっと30年の人生の中で初めて感じるものなんだ。あれ? 僕は30歳なのか。ああ、そうか。会社員で、営業職で、会社に戻る途中であの路地裏で倒れたんだ。
歩きながら少しずつ自分の事を思い出すが、なぜ倒れたのかはわからない。本当に気づいたら路地裏で倒れていた。誰かに連れ込まれて、カツアゲでもされたのか? しかし、殴られたような痛みは体のどこにもない。何かに躓いたんだろうか? それとも貧血か? そう言えば寝不足だった気もする。そう思いながらも何か腑に落ちない物を感じる。何か大事な使命があったような気がするのだが……。
目の前に大きな白い建物が見えた。
目的地のホールだ。
彼女はどこだ?
ホールの前にはコンサートに来たと思われる客が行列を作っていた。その中に彼女もいるかもしれないと、女性の顔を見て歩くがいない。
中に入ってロビーを見るが彼女はいない。
「お客様、開演時間となりますが」
チケットを持って彼女を探していたら、黒スーツの男性に声をかけられた。
「ご案内します。こちらです」
僕の持っているチケットをいきなりスーツの男は奪った。
「ちょっと、チケット」
「さあ、こちらです」
スーツ男がずんずん進み、ホールへの赤い扉を開ける。その瞬間、客席の照明が落ちて、客席から拍手が鳴り響いた。どうやらコンサートが始まったよう。
スーツ男は僕をチケットに書いてある客席に案内すると、僕にチケットを渡して、ホールを出て行く。
立ったままの僕に邪魔だという視線が注がれ、仕方なく案内された客席に座った。
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