脚のない犬は幸せ募る

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 暗い道を走って病院に着くと直ぐに仔犬は手術となった。 「安心しなよ。先生だって命に別状はないって言うじゃないか」  ひどく心配そうな顔をしている彼女の肩を叩く。そんな僕の顔を彼女が見上げた。 「ありがと。一度面倒だと思ったんでしょ? それなのに応じてくれて」  どうやら僕の思いなんて彼女にはお見通しみたい。  僕も彼女の横に座って不貞腐れる。表情だけ。 「正直なところ、面倒だよ。だけど、君が救けタイト言うのはわかってたし、僕も放っとけはしなかったよ。こうしてなければ後悔してたろうね」  今思うとあのときに仔犬を放っといたらどうなっていただろう。仔犬は死ぬ。それを知らないで僕は彼女に笑顔を送れるか。答えはノーだ。心に引っ掛かるだろう。だから今回は彼女が間違ってない。 「そう言うと思ったから駄々こねた。放っとけなかったし」  僕と話し始めるとそれまでの彼女の心配はなくなったみたい。そして仔犬も命を取り留めた。 「一応暫く入院で、首輪をしてますから飼い主を探さないとですね」  そう言う獣医師は困っている表情ではない。どうもこの仔犬に心当たりが有るみたいだ。 「お任せします。一応僕の連絡先を置いときますね」  これは必要ないだろうと思いながらも、病院でも飼い主が見つからないと困るだろう。  別にお礼を期待している訳じゃない。  僕たちの事件はこれでおしまいだろう。  一定期間が過ぎたころ、僕に動物病院から連絡があった。 「ちょっと困ったことになりまして」  それは苦々しい言葉だった。一度迷ったが僕は彼女に連絡する。それは彼女が仔犬のことをそれからも心配していたから。  彼女と一緒にもう訪れないと思ってた動物病院に足を運んだ。獣医師は困った顔を僕たちに向ける。 「飼い主さんは見つかったのですが。飼い主は自分の犬じゃないとの一点張りで」  やはり獣医師は飼い主を知っていたのだろう。行動が俊敏すぎる。まあそれは個人情報を含んでいるから言えないんだろう。  しかし、それよりも僕たちは獣医師の言葉に呆れてしまっていた。 「そんな飼い主が居るなんて」 「許せないよ」  横で彼女が怒っている雰囲気を察する。 「時々聞くんですよ。事故に合ったペットの飼い主が放棄するのは」  世間話の雰囲気を醸している。だけど、僕にはその獣医師の言いたいことはわかっている。 「因みに治療費はどのくらいに?」  そうまずはこれが問題となる。僕たちは善意で仔犬を動物病院に連れただけ。明らかに治療費の支払い責任はないだろう。  しかし飼い主が居なくなって、轢き逃げ犯も見つからない今では関係者は僕たちだけ。  困りながらも僕が聞くと獣医師は一枚のプリントを見せる。それは治療費請求書。まあ見てみると驚くべき金額が記されていた。 「結構しますね」 「払え、る?」  ポツリと呟いた僕に彼女が横から聞いている。そんなことを言わないでくれ。 「一応、状況がこんなですし多少こちらでも負担しますよ。それと法的措置もお勧めしますが」  これが野良だったらかなり動物病院としては格安にするらしいので、獣医師は困りながらも僕の味方になっていた。  そしてあの飼い主や轢き逃げ犯に払わせる為の方法も話してくれるが、言葉が続かないのは難しいということだろう。 「お金のことはちょっと待ってください。それで、仔犬はどうなるんですか?」  取り合えずは悩まなくてはならない。僕だって「構いませんよ」と軽く支払いたいけど、そんな金銭的余裕なんて僕たちにはない。一応普通より下の会社員なのだから。 「今は入院となってますが、それからは保護団体の施設になりますかね。ただ」 「まだ問題が有るんですか?」  また獣医師が言葉を詰まらせるので僕はもう呆れてた。 「犬種としては人気ですが、障害を持ってる子は引き取り手が少ないのが現状なんです」 「じゃあ! 私たちも引き取り先を探します」  また彼女が状況に流されて話してる。なので僕は横目で見ていたが、申し訳なさそうな顔をして僕を見ているので文句は言えない。 「了解しました」 「それで、仔犬ちゃんには会えますか?」  彼女の安請け合いを獣医師は有難そうに受ける。その彼女は楽しそうに仔犬のことを要望する。無邪気なところは僕が好きな彼女でもある。だからなんにも言わない。一応僕も仔犬には会いたいと思っていたし。  獣医師が快諾して仔犬との面会になる。  仔犬は彼女を憶えているかのように良く懐いていた。そして彼女も良くあやしている。こんな風景は素晴らしい。だけど仔犬に前肢がないのは確かに見栄えが良くない。
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