脚のない犬は幸せ募る

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 横をふと眺めると普段の明るい笑顔が僅かになる。 「誰か飼ってくれる人居ないかなー?」 「それはもう保護団体に任せるしかないよ」  ため息をつきながらの彼女の言葉に僕はしょうがないとばかりに語る。でも、その時に彼女は僕のことをキョトンと眺めてた。その意味はわからなかったので「どうしたの?」と聞く。 「私たちではもう探さないの?」  ちょっと真剣な瞳。さっきの怒りがまだあるみたいに思える。 「だって、僕たちじゃ見つからなかったじゃない。もう知り合いなんて居ないよ」 「だけど! それじゃ、あの子の住む家が見つからないよ! 保護施設よりもそっちのほうが良いでしょ?」  困ってしまう。こんなことで僕だって喧嘩はしたくない。それに彼女が強情な部分は僕が好きなところでもあるから。  一旦深いため息を吐く。 「もう一通り連絡してみるよ。だけど、期待はしないほうが良い」  ちゃんと僕は彼女に諦めも考えるように話したのに、彼女はそれを聞いてないみたいにまだ涙の浮かぶ瞳を細めて笑顔になる。僕の言葉に喜んだみたいで「ありがと」って語る。  それから僕たちは近くの公園で二人スマホに向かい合う。  折角のデートなのにまるで僕は営業員になったみたい。友人や知り合いにお願いの電話を掛け回った。  当然一度断られた人ばかりだから良い返事なんてない。それは彼女もそうみたいで、ずっと向かい側では優れない顔が浮かんでいる。 「一旦休憩しよう。コーヒーでも要る?」  近くに移動販売が居るので気分転換にと思った。 「うん。でも、もうちょっとメッセージ続けたい」  彼女は真剣にスマホに向かっている。普段の姿ではない。僕たちは現代人のそれと違ってスマホは必要最低限しか見ない。二人で居るときは確認を忘れて通知が山のようになってる時もある。  それなのに彼女はメッセージアプリの既読が付くのを待っている。本当に真剣だ。 「見つからなくても落ち込まないようにな」  コーヒーを買って戻ると彼女が疲れた顔を見せる。また断られたみたい。 「だけど、見つけてあげたいんだ」 「それはそうだけど、叶わないことだってあるんだから」  僕がコーヒーを啜りながら言うと、彼女は不服そうに頷く。  そうして彼女は公園から見える海を眺める。 「私たちで飼っちゃおうか?」 「だから、二人とも賃貸だからダメだろ?」 「一緒に住んだりして!」  にこやかに彼女が笑う。こんな時は冗談なんだ。 「そんなお金有りません」  ちょっとつまらなそうな彼女とまた電話応対に戻る。良い返事なんてない。  この日はこんな残念なデートが終了する。それは仔犬の引き取り手が見つからないことも含めて。  予想は出来ていたが彼女は諦めるという言葉を発しない。まだ探すみたいだ。  もう僕たちはあの仔犬に十分対応したろう。僕はそう思うけれど彼女は違う。どこまでも諦める雰囲気はない。 「あの犬の貰い手見つからないのか?」  職場で話しかけられる。それは僕が「飼いませんか?」と聞いた先輩から。 「全く見つかりませんね。諦めたいところなんですが」 「足がないと難しいだろうな」  先輩と話しているとその会話を聞いた周りの人が「どうした?」なんて集まる。 「こいつ、障害犬の飼い主を探してるんだって。誰か居ないか?」  人が集まったのを良いことに先輩が話す。これは好都合でもあるが「写真見せて」と言われて、現状も知らせないとッて思った僕が包帯が巻かれてる仔犬の写真を見せるとすぐにその人だかりは消える。 「やっぱ。難しいですよね」 「まあ、頑張れ。昼飯くらい奢ってやるから」  労うように先輩は僕の肩を叩く。そして僕たちは昼休みに近くの定食屋を目指して歩く。 「噂をすればなんとやらだな」  先輩が向こうから来る人を見つけて僕に軽い体当たりをする。そこには彼女の姿があった。  僕たちの職場は近い。でも、昼休みに会うことはない。彼女はお弁当派だったのでずっと職場にいるから。それなのに今日は出歩いている。その理由は直ぐにわかった。 「とっても可愛い子なんですよ」  近付くと隣の人にスマホを見せながら話している。仔犬の貰ってくれないか交渉してる。 「熱心だねー。彼氏が呆れてるぞ」  彼女と先輩は面識がある。だから先輩は気軽に声を掛けた。 「どうも、こんにちは」  でも、ちょっと彼女は忙しそうに歩くのを辞めようとしない。一緒に歩いている人から離れないために進み続けてる。 「諦めることもちゃんと考えなよ」  僕は今度こそ明らかに言葉にする。 「もうちょっと頑張ってみる」  恋人同士の会話は一言だけだった。 「健気だねー」 「頑固なんですよ」  隣で先輩が笑ってる。彼女はずっと仔犬のことを話しながら人混みに消える。 「あんな子そうは居ないから嫁に貰え!」 「今は仔犬の貰い手を探してるんです!」  楽しそうな先輩に言い返して、お昼ごはんは安い定食やで、一番高いメニューを頼んだ。  帰り道、彼女の様子が気になる。あれほど真剣に仔犬の貰い手を探してたから。もしかしてまだ探してるのかも。だから僕はメッセージを送る。 「会って話せない?」 「ちょっと仔犬のことで友達と話すから一時間くらい掛かるけどそれでも良いなら、時間作るよ」  やはり彼女はまだ仔犬のことで必死だ。  僕は呆れてため息を吐くがそれは馬鹿にしている訳じゃない。彼女の良いところだと思ってるから。僕の一番好きな彼女の、良いところなんだ。  ふとそう思うと、一つの考えが浮かんだ。僕が考えた訳じゃない。意見を合わせただけのこと。
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