半年目の真実

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半年目の真実

 ある日、妻の優菜(ゆうな)に大事な話があると言われた。 「初めて一緒に行ったレストラン、覚えてる? 予約してあるから。そこで話すよ」  電話越しの優菜の声は、いつもより優しく聞こえた。 「え? 八時に待ち合わせ? 何だよ、突然。まあ、わかった。行くよ」  俺は急に何だろう? 子どもでもできたのかな? なんて思いながら仕事を終えると待ち合わせ場所に向かった。  レストランに着き、「酒井優菜で予約しているんですが」と受付で言うと、席に案内された。 「早かったね、浩紀(ひろき)」 「優菜、急にどうしたの?」  優菜は俺の問いかけには何も答えず、シャンパンを二つ頼んだ。 「浩紀、結婚して半年だね」 「ああ」  俺は注がれたシャンパンの泡と優菜の柔らかな笑顔を見比べて、なんと言えば良いか、わからず困っていた。 「お母さん、私のウエディングドレス見て、幸せそうに笑ってくれた」 「そうだったね」 「亡くなる前に幸せな姿を見せたいって、わがままを言った私に付き合ってくれて……いままでありがとう」 「え?」  俺は優菜の言葉に首を傾げた。 「いままで? なに、それ?」 「もう、自由になっていいよ」  そう言うと、優菜は結婚指輪を外して俺に押し付けた。 「私、知ってたの。あなたが好きなのは私じゃなくて、蘭だって」 「……」  突然の優菜の言葉に、俺は何も言えなかった。  グラスの中のシャンパンがはじける音だけ、やけに大きく聞こえた気がする。 「蘭に、言われたんでしょう? 私が浩紀を好きだって。私の母親の余命が残り少ないって。……親友のために、結婚してくれって」  優菜がクシャっと笑った。その目は赤い。 「ずっと、お母さんが亡くなってからずっと、言おうと思ってたの。もういいよ、ありがとうって。でも、できなくって……。ごめんね」 「優菜」  俺は立ち上がり、優菜のそばに歩み寄ると、震えている肩を抱きしめた。 「俺は、蘭のことも好きだったけど、そういう好きとは違うんだ」  大学時代、蘭と優菜と俺の三人はいつも一緒にいた。でも、蘭は親友だと思っていたけれど、俺が抱いていたのは恋愛感情ではなかった。 「もういいよ、浩紀」  優菜は俺の手を肩からどけ、カバンから書類を出して広げた。 「あげる」  それは、優菜のサイン済みの離婚届だった。  俺の目から、涙がこぼれた。 「優菜、ごめん。……優菜がそんな風に思ってたなんて、知らなかった。でも……」  俺は涙をこらえて言った。 「俺は、優菜のことが好きなんだ。……愛してる。信じてほしい」 「浩紀?」 「毎日、口喧嘩したり、仲直りしたり、家事をいっしょにしたり、してくれたり……そんなことが、すごく楽しいんだ。それじゃ、ダメだったのか? 優菜」  俺は優菜にすがりつくように抱きついて、頭を彼女の胸にうずめた。 「浩紀は、蘭じゃなくて、私でいいの?」 「何言ってるんだよ! 優菜じゃなきゃ、ダメなんだよ!」  俺は荒い呼吸を整えて優菜から離れると、席に座りなおした。 「俺は……優菜と結婚出来て、幸せだし、これからも一緒にいたい」  外された指輪が握りしめられた右手を、優菜の前に伸ばした。 「だけど、蘭は……?」  優菜が顔を上げて俺を見た。その時、優菜が目を見開いた。 「蘭!?」 「あら、残念。別れ話じゃ、なさそうね」 「……蘭? どうしてここに?」  俺も久しぶりに会う親友の顔を見て乾いた声を上げた。 「久しぶりね、優菜、浩紀。元気そうね」  蘭は俺たちのテーブルに近づいた。 「蘭、どういうこと? 電話で言ってたじゃない! 浩紀は最初、蘭にプロポーズしたって」 「嘘ついただけよ」  蘭はアシンメトリーな笑顔を浮かべて優菜に言った。 「なんで? どういうこと?」 「こういうこと」  そういうと蘭は、優菜の唇にキスをした。 「ずっと一緒にいるって言ったじゃない。最初に裏切ったのは優菜、あなたよ」  俺は茫然としたまま、優菜と蘭のやり取りを見ていた。 「キスであきらめてあげる。あなた達、うまくやってるみたいじゃない」 「ふざけるな! 蘭!」 「ふざけてないわよ! 私がどんな気持ちで身を引いたと思ってるのよ!」  蘭は机の上に置かれたままになっていた離婚届を取り、静かに破った。 「優菜、ごめん。どうしても、あきらめきれなかったの私。でも、こんな嘘で苦しめても……なんにもならなかったわね。あなたの勝ちよ、浩紀」 「蘭……」  優菜が蘭を見つめて、悲しそうに眉をゆがめている。 「優菜、あなたを自由にしてあげる」  蘭は優菜にウインクをして、笑った。 「じゃあ、私帰るわ。あなた達、せっかくのディナーが冷めちゃうわよ」  早足で去ろうとする蘭に、優菜が言った。 「ねえ、私達の家に遊びに来てよ。きっとまた三人で楽しく過ごせるよ」 「残酷なこと言うのね、優菜」  蘭は涙を一粒こぼして、笑った。 「でも、あなたのそういうところ、好きだったのよ」  蘭は手を振ってレストランを出て行った。 「浩紀、ゴメンね……」 「いや、俺も、優菜を不安にさせて悪かった」  俺は優菜の手を取って、結婚指輪をはめなおした。 「お客様、お食事をお運びしてもよろしいですか?」 「あ、すいません……。お願いします」  ウエイターがすまし顔で料理を運んできた。 「変わらないことなんて、ないんだね」 「ああ」  俺たちは胸の痛みをかみしめるように、料理を口に運んだ。
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