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波瑠は真っ直ぐ西野夫妻を見つめた。
老夫婦もまた、波瑠を見つめた。
先に緊張の糸を断ち切ったのは西野だった。
「そのトロフィーを拝借したのは私です。」
逃げも隠れもしないと言うところだろうか。
そういえばそうだとか、
気づかなかったとか言えば
それなりの言い訳は立っただろうに
西野夫妻は思いの外、あっさりと事の成り行きを話し始めた。
「私どもの息子が・・
携帯のながら歩きをしてまして
ぶつかった人を転ばせてしまいました・・
相手の方は幸いにも
健康上全く問題がありませんでした・・
それなのに
やれどこが痛い、責任取れと
毎月30万ほどお金の無心にくるようになりました。
息子は優しい性格で・・
悪く言えば気が弱い・・
それは数年もの間続いて・・
私どもに打ち明ける事もなく・・
でも・・それも限界だったのでしょう。
息子は身を投じてこの世を去りました。
葬式の日
何も知らず、金の無心にきたその男性に会いました。
『あれ? 死んじゃったんだ。
もう、お金、もらえないじゃん』
と、
『あれ? もしかしてお父さん?
ぼくさー、息子さんのせいで働けなくなっちゃったんだよねー
30万くれよ。』
そう言われました。」
老夫婦は一つの塊のように寄り添い合いながらソファに浅く腰掛けている。
ゆっくりと、ポツポツ話す西野にみな吸い込まれるように耳を傾けていた。
全てを悟った西野は自宅からそう遠いくないこのペンションの湖畔を
受け渡し場所に指定した。
すると、この生きていた頃の死体は
「宿泊の予定取れたよ。支払いよろしくぅ」
と、馴れ馴れしく言い放った。
約束の日時に、約束の湖畔で
生きていた頃の死体が鼻歌を歌いながらお金を待っている。
西野夫妻が現れると陽気に声をかけてきて
「これ、リビングから持ってきちゃった。
これさ、絶対高く売れるよ。
だからさ、オレの指紋拭いてコレ触ってよ。
そしたら、犯人はあんただから。」
と、言ってトロフィを渡すと
西野夫妻に背を向けて湖を眺めた。
「オレ、ここ気に入っちゃったなぁ。
また、こようよ・」
ゴンっ!
西野は本能的に渾身の一発をお見舞いしていた。
すると、夫の手からトロフィをもぎ取った妻が
泣いているのか怒っているのかわからない形相で
自分もと言わんばかりにトロフィを振り上げた。
・・清々しい湖畔に再び鈍い音が響いた・・・
静まり返ったリビングで
取り残されたように立つすくむ波瑠の傍にはいつの間にか帆がいた。
波瑠はそっと夫の帆の肩に頭を預けると目を閉じた。
それはこの事件の幕引きを意味していた。
石田は老夫婦をパトカーにエスコートするように乗車させると
共にペンション花を後にした。
残された面々は
それぞれに夫婦で肩を寄せ合い
パトカーのリアウィンドウから見える
年老いた二つの頭部を見送るのだった・・・
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