03.住み込みの家政婦

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03.住み込みの家政婦

 須王白秋について分かったことが幾つかある。  まず、彼は下っ端の尋問係なんかではない。私たちの話し合いが終わった後、部屋には何人かの男たちが入って来て白秋に事の流れを確認していた。その口調は明らかにお伺いを立てる部下のそれで、須王正臣の子供である彼の立場を考えると当然の扱いだった。  次に分かったのは、こういった法律に抵触していそうな事項を行う人にしては常識がありそうだと言うこと。白秋は私の勤務状況や家族構成を確認し、会社には休みを取ることを、家族には一週間ほど友達と海外旅行に行くので連絡が取れないと伝えるよう指示を出した。また、服のサイズを確認して一週間分の衣服を用意すると約束してくれた。  それぞれに一報を入れるために目の前でポチポチとスマホを操作しながら、白秋の顔を盗み見る。何も考えていないような人畜無害そうな顔をしているのに、こんな男が悪行を行う組織のボスなのだろうか? 「俺の顔そんなに珍しい?」 「あ……いえ、すみません」 「須王正臣に似てるなーと思って見てたの?」 「そういうわけでは…」 「真さんって分かりやすいね、嘘を吐いたり焦ったりした時は瞬きの回数がすごく増える」 「……そうでしょうか?」  恐ろしい観察力の高さにドキッとした。 「本当はね、無駄な条件付けずにさっさと殺したいんだけどさ。もうすぐ父親が選挙に出るんだよね。だからこういう時期に俺がまた面倒事起こしたら怒られちゃうし」 「選挙…?」 「そうそう。やっぱり権力を求める者が最終的に行き着く先はそこみたい」 「どうして須王さんは居ない者になってるんですか?」 「白秋でいいよ。んっとね……」  言葉を選ぶように困った顔をする。車の中で容赦なく私の腹を殴った男と同一人物とは、とても思えない。 「それは言えないかな。まあ色々理由はあるんだけど、俺の存在自体が秘密の一つだから。真さんだって初対面の男に自分の下着の色教えたりしないでしょう?」 「は?…え、いや教えないですけども」 「うん。それと同じだよ」  いや、かなり違うくないだろうか。  意味の分からない例え話を持ち出して、その場を収めた白秋は「生活のルールを説明しよう」と言って、立ち上がった。もう少し人となりを知っておきたいと思うけれど、関係性上あまりグイグイ突っ込むべきではないと分かっている。  会議室と呼ばれた煙草臭い部屋を出ると、長い廊下が続いており、その先には外へ繋がる出口があった。どうやらここは一階だったようだ。  外の空気を吸い込みながら建物の周りを半周すると先程とは違う場所からまた屋内に入る。少し進むと開けた場所にエレベーターホールがあった。 「この建物ね、下がオフィスビルで上層階がマンションになってるの。湾岸エリアとかで見たことあるかな?」 「あ、聞いたことはあります」 「出勤時間短縮できて結構いいよ」  俺はそんなに顔出さないんだけどね、と付け足して白秋は到着したエレベーターに乗り込んだ。話には聞いたことがあるけれど、実際に行くのは初めてだ。都心に住んでいるというだけで恐れ多いのに、この超高層ビルはいったいどこに位置しているのだろう。  不安で潰れそうな私を乗せて、エレベーターは音もなく43階まで駆け上がる。 ◇◇◇ 「ここが洗面所、私物は極力置かないで。タオルとかは勝手に使っていいけど自分の物は自分の部屋に置くように徹底して欲しい」 「……分かりました」  住み込み家政婦ということで、部屋の中を案内されながら、白秋から細やかな指示を受けていく。  洗面所には何本かの歯ブラシ、数種類の化粧水やメイクポーチが散見できて、この部屋を訪れる女性が明らかに一人ではないことを物語っていた。これだけの容姿だから女を数人囲んでいても不思議ではないけれど、こんな状態で彼女たちはお互いを疎ましく思ったりしないのだろうか。 「あとはキッチンは好きに使ってもらって良いし。俺は基本朝以外は外食だから料理は毎日作らなくて大丈夫。自分が食べたいものだけ作って」 「はい。朝ごはんは?」 「朝は食べない」 「……承知いたしました」  確認を取って大きな冷蔵庫を開けさせてもらうと、上から真ん中あたりまではエナジードリンク、下半分はミネラルウォーターで埋まっていた。マヨネーズや醤油などの調味料は皆無、食べられそうなものは何一つない。  びっくりして白秋の方を見ると「結構片付いてる方だと思う」と的外れな言葉が返ってきた。 「買い物は…どうすれば…?」 「最近ネットスーパーとかあるでしょう?俺の端末貸してあげるから、それで頼んで置き配にしてもらって」 「あ……なるほど」  私のスマートフォンは会議室を出る前に白秋に渡していたのでもう手元にはない。どうやら一応、通報などのリスクを恐れているようだった。 「やる事は主に掃除とか洗濯。乾燥機能あるから外干しとかしないでね。あとはまあ、どうやったら俺に信用されるか考えてみてよ」 「……はい」 「何か聞きたいことは?」 「あの、入ってはいけないお部屋とかあったり…」 「ないよ。基本的にここは住居だから見られて困るものなんて置いてないし、俺が居なくても好きに掃除なりして」 「分かりました」 「あ、でも」  口元に手を当てて申し訳なさそうに私の顔を見る白秋に、何事かと固唾を飲んで言葉の続きを待つ。 「俺が部屋に女の子連れて入ったら察してね」 「……ええ、言われなくても大丈夫です」  流石にね、と言いながら笑う彼はどうも悪人には見えない。知りたいことは山ほどあるけれど、今は自分の興味よりも、どうすれば彼の信用に足る人間になれるかを考えるのが最優先事項だ。
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