04.彼にとっての正論

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04.彼にとっての正論

 ボーッとテレビを見ながらベッドの上で寝そべっていた。どこかの街で放火があって人が死んだというニュースをリポーターが真剣な顔で説明している。ワイプで映った芸能人たちは、いかにもという顔を作ってその話を聞いていた。  いつもの日常だ。  驚くほどいつも通り。違うのは、ここが35平米の私の家ではなくて、馬鹿みたいに広い、人に与えられた期限付きの部屋であるという点。緊張からかあまり眠れず、目覚ましも掛けていないのに5時半には目が覚めた。 「さすがにまだ起きてないよね…」  あと30分ぐらいしたらキッチンに行っても良いだろうか。須王白秋という人間のことを理解できていない以上、彼の行動パターンも謎に包まれたままだ。  貸してもらったスマートフォンでその名前を検索してみても、当たり前だけど何もヒットしなかった。彼の父親である須王正臣に関しては、離婚歴もなければ愛人の噂も一切出てこない。白秋が言っていた辞めた家政婦の話は何だったのか。  一人で考えても答えは出ないので、気持ちを切り替えてネットスーパーを検索してみる。利用したことはなかったが、最短10分ほどで届く店もあったので、とりあえず牛乳やパン、卵などの必要最低限のものを注文した。支払いは後払いで請求書の情報を白秋に渡すことになっている。  元恋人の職場に突撃する予定だったため、一日分の着替えや基本的なメイク道具は持って来ている。食材が届くまでの間に洗面所へ移動して、化粧をすることにした。 (………それにしても)  電気を付けて改めて見渡すと、有名デパコスブランドからオーガニック系まで、様々なスキンケア用品が置かれていた。それらはすべて白秋の家を定期的に訪れる女たちが置いて行ったものだと思うが、あまりにも多い。誤って手が当たって落下したりしないように、慎重に歯磨きをして顔を洗った。  化粧をしながら鏡の中の自分を見る。  昨日の朝、家を出たときは自分がまさかこんなことになるなんて1ミリも考えなかった。あの時はただ、ショックと焦りが頭を支配していて、自分が選ばれなかったという事実に気が狂いそうだったから。  溜まりに溜まった洗濯機に使ったタオルを放り込む。この時間から回して良いものか悩むけれど、一度で回しきれない量なので半分に分けて1回目のスイッチを入れた。 「がんばろう。要は、信用されれば良いだけ」  頬っぺたを叩いて洗面所を出る。  部屋にメイクポーチを戻したらキッチンへ向かった。  電気を付けずに部屋を横切って玄関へ近付く。ネットスーパーで頼んだ注文は『配達済み』に変わっていた。覗き穴から外を見ると、確かに四角い段ボールが置いてある。静かに鍵を開けて、その小さな段ボールを中に持ち込んだ。  冷蔵庫の中身はすっからかんだが、調理器具だけは一通り備わっていたのでフライパンと包丁を取り出して水で軽く洗う。届いた段ボールの中身を整理して、トマトに包丁を押し当てたところで背後から声がした。 「手、切れるよ」 「っうわあ!」  パチン、と音がして部屋の電気が点けられる。黒いTシャツにグレーのスウェットパンツを履いた白秋が眠そうな顔で部屋の入り口に立っていた。 「ごめんなさい、煩かったですか?」 「ううん。なんか人の気配がしたから」 「…気配?」  昨日案内された白秋の部屋からキッチンまでには結構な距離がある。そんなまさか、と思いながら目を泳がせた。 「まな板使わないの?手の平の上で野菜切る人、俺初めて見たよ」 「あ……面倒だったので」 「女の子なんだから、怪我したら大変」 「女の子というほど若くは…」  照れながら思い出したけれど、その女の子相手に加減のないグーパンチを入れたのは誰だったか。  冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して蓋を開く白秋を見る。不満に思う気持ちが表情に出ていたのか、暫く睨み合いのような間が生まれた。 「なに?」 「いえ、女の子なんて言うけどグーパンしましたよね」 「べつに俺、女子供を殴らないなんて言ってないよ」 「……そうですけど」 「殴らないことが優しさとも限らないし、殴ることだけが暴力じゃないんだから」  平然と意味の分からないことを言ってのける。あれ。今更気付いたけれど、もしかしてこの須王白秋という男は話が通じない?というか、自分を正当化して私との話し合いを避ける節があるような気がする。  反論のために口を開きかけたが、私がここに居る目的を思い出して何も言わずに頷いた。 「そういえば、聞き忘れたんだけどさ」  白秋はキッチンの吊り戸棚からカッティングボードを取り出して、私に手渡す。ちょうどトマト一個を切るためにあるような大きさのそれを受け取った。 「真さんって彼氏とか居るの?」 「……え?」 「いや、家族構成は聞いたけど、恋人でも居たら心配かけちゃうかなと思って」 「…今は居ないので大丈夫です」  今は、という言葉を付け足したのは単なる私の強がりだ。二年付き合った男が実は既婚者で先週フラれたばかりです、なんて言葉にすると惨め過ぎるし、すんなり人に話せるほど心の整理はついていなかった。 「そうなんだ。じゃあ新しい恋に期待だね」  暗くなった私の雰囲気を察してか、明るい声で白秋はそんなことを言う。私は答えに困って、曖昧に笑ってやり過ごした。
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