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山田殿の予言は・・・
武たちが大広間に着いたら、他の参加者は先に着座していた。20~30人いるだろうか。参加者のほとんどは羽織袴を着ている。江戸時代の雰囲気は出ている。
武が連れてこられた会議の議題は慶長遣欧使節。支倉常長(はせくら つねなが)を副使としてアメリカ大陸を経由してヨーロッパへ派遣する予定だ。
武が参加者を見渡すと、明らかに違和感のある恰好の日本人がいた。その日本人は羽織袴ではなく、西洋風のコスチュームを着ている。頭はまげを結っているから、違和感が半端ない。
猫は「常長はアイツじゃねーか?」と楽しそうだ。
その常長らしき人物はオジ宗のことを「殿」と呼んでいた。常長は仙台藩伊達家の家臣。そうすると・・・オジ宗は伊達政宗。
他の参加者もオジ宗のことを「殿」と呼んでいる。自称伊達政宗は本物の伊達政宗かもしれない。そうじゃないかもしれないけど・・・この会議では周りの空気を読んでそういうことにする。
武は会議で失敗しないために伊達政宗に関する知識を整理することにした。
今が1612年だから伊達政宗は45歳。伊達政宗は『独眼竜政宗』で知られる戦国武将。でも、後発だから織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と天下を争うようなポジションにはいなかった。豊臣秀吉の部下、徳川家の外様大名。でも、交渉術と場当たり的な機転によって江戸幕府での地位を確立し、三代将軍家光の顧問的な存在となる。家光から『伊達の親父殿』と呼ばれるほど近しい仲だったらしい。陰で副将軍とも呼ばれていた。
伊達政宗は英雄として描かれている物語もあれば、詐欺師のように描かれる物語もあるのだが、今までのオジ宗の言動を見ていると後者なのだろう。
※作者の伊達政宗観は山岡荘八なので、このような描き方になっています。
武は政宗に会議の趣旨、参加者について尋ねた。この会議の趣旨は第1回慶長遣欧使節の実施の可否を判断すること。出席者には伊達家の家臣、慶長遣欧使節として派遣される支倉常長、ルイス・ソテロの他に、キリスト教の宣教師が数名、臨済宗の住職も数名参加している。
武の記憶では伊達政宗はキリスト教を擁護していたものの、政宗はキリスト教にはそこまで興味はない。伊達政宗の興味はヨーロッパ諸国との貿易と軍事力だけだ。
それに、戦国時代において織田信長が比叡山延暦寺を焼き討ちしたように、仏教勢力は強い力を有している。仏教勢力は伊達政宗としても無視できないので、臨済宗の住職を参加させているのだろう。伊達政宗が臨済宗を信仰していたのもあると思うが。
オジ宗は対立するキリスト教徒と仏教徒を同じ会議に招集した。つまり、この場で議論させて、双方を納得させようと考えているに違いない。
そして、この会議で決定しないといけないのは、慶長遣欧使節を派遣するかどうか。支倉常長は慶長遣欧使節を果たしたが、1620年に帰国した頃にはキリスト教は禁教令による弾圧が行われており、支倉常長は失意の中死んだ。
支倉常長をヨーロッパに派遣するのは可哀そうな気がする。どうしたものか・・・
***
会議が始まるとオジ宗は趣旨を説明してから、隣に座っている武を紹介した。不思議な力を持つ予言者、怪しげな設定にされている。参加者は半身半疑で武を見ている。
オジ宗が慶長遣欧使節の顛末を武に説明するように言ったから、武は参加者に向かって簡単に説明した。
今年(1612年)の慶長遣欧使節は暴風に遭い座礁し失敗すること。来年(1613年)の慶長遣欧使節は成功し、日本を出発した後メキシコに上陸し、その後ヨーロッパへ到着する。エスパーニャ(スペイン)ではフェリペ3世に謁見、支倉常長は洗礼を受ける。その後、ローマ教皇パウルス5世に謁見した。1620年に常長は日本に戻ってくるが、幕府の禁教令によるキリスト教の弾圧が行われており、見捨てられることになる。
これを聞いた一同の反応は二つに分かれた。仏教勢力はニヤニヤしながら笑っている。キリスト教サイドはため息をついている。特に、支倉常長の落ち込み具合が酷い。
行く前から結果が見えている旅に出るのか、本人の中で整理できていない。
支倉常長は声を振り絞って発言した。
「山田殿!」
『山田殿』とは武のことだ。呼ばれた武は「どうしたの?」と尋ねる。
「この話は山田殿が未来を予知した予言、と殿は仰っておりました」
「そうだね」
「ズバリお聞きしたい。この予言はどれくらいの確率で起こるのでしょうか?」
誤魔化すのもどうかと思ったから、武は正直に「100%だね」と答えた。
ますます落ち込む支倉常長。
常長にとってローマ教皇に謁見できることはこの上ない誉のはずだ。ただ、帰国した後の自分への仕打ち、イジメを考えると帰国するべきなのか悩んでいる。
行くか行かないかは常長に決めさせた方がいい、オジ宗はそう考えているようで特に口を挟んでこない。
――これは本人に決めさせた方がいいな・・・
武も常長の自主性に任せることにした。
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