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鷹は猫を狩るか否か
武が目を開けたら白い光は消えていた。
辺りを見渡すと、さっきまでとは違う景色が目に入ってきた。大手町とは全く違う場所である。どうやら、武と猫は山の中にいるようだ。
武たちが立っているのは細い山道。獣道ではなく人が通っている道のように見える。だから、このまま進めばどこかに辿り着くだろう。ただ、ここがどこか分からないので、道を進んでもどこに着くかは分からない。
「ここどこ?」と武はダメ元で猫に聞いてみる。
「しらねーよ。お前が知らなかったら、俺が知ってるわけがねー」
「だよなー。アリスもここに飛ばされたのかな?」
「匂いがあそこで途切れてたから、その可能性はあるな」
武は周りを探してみたが、アリスの姿は見当たらない。
「それにしても、今回の家出は手が込んでるよなー」
「そういうなよ、お前の彼女だろ?」
「そうだね。探しにいくか・・・」
「だな」
猫の嗅覚でアリスの匂いは分かるだろうか? 「アリスの匂いする?」と武は猫に質問する。
「それっぽい匂いはある。多分、アリスもここに来てると思うぞ」
「どっちに行ったか分かる?」
「こっちかな?」
猫は山道の下っていく方向を指した。でも、自信はなさそうだ。
「自信は?」
「うーん。60%だな。上ってく方向にも匂いがあるんだ」
「どういうこと?」
「途中まで山道を上ってから、疲れて下ったとか・・・」
「あー、ありそうだなー」
「アイツ、『たけしー、疲れたー、おんぶしてー』とか言いそうじゃね?」
「言うなー」
武は猫の60%を信じて山道を下っていくことにした。獣道は下ると危険だと聞いたことがあるが、この道は人が通る道だから、上っても下ってもどこかに通じているはずだ。それに、山道を上って山頂まで行っても、人がいなかったらまた下山しないといけない。下山すれば人がいるところにいけるだろう、と武は考えた。
※山で遭難した時は下ってはいけません。下ると沢筋に降りてしまう可能性が高く、沢には滝があり、脱出不可能な地点まで追い詰められてしまいます。
武と猫がしばらく歩くと、鷹狩りをしている一人の中年男を発見した。男は鷹匠のような恰好をしている。軽装の和服を着用し草履(ぞうり)を履いている。そして、左手には鷹をとまらせるためのグローブのようなものを着用している。
武が住んでいる東京には、こんな服装をしている人はいない。
「あれ、鷹狩りだよね?」と武は猫に聞く。
「そうだ。鷹狩りだ。昔は流行ってたんだぞ」
「昔っていつ?」
「江戸時代。鷹狩りは大名の娯楽の一つだったんだよ」
「へー。何を獲ってるの?」
猫は目を細めて鷹の飛んでいく方向を確認している。
「獲物は兎(うさぎ)だな。鷹で兎を狩っているみたいだ」
「今の日本で鷹狩りしている奴なんて珍しいなー。僕は見たことないよ」
「たしかに、最近は少なくなったな」
「僕が知ってるのは害鳥対策くらいかな。邪魔なハトやカラスを、鷹を使って追い払うやつ」
「俺もテレビで見たことある。さすが猛禽類だな!」
「お前、鷹に狩られないように気を付けた方がいいぞ」
「なんだと? 鷹は猫を狩らねーよ」
「じゃあ、試してみたら?」
「試す?」
「ああ。鷹の方に走って行ってみろよ」
武は猫をけしかけている。猫は暇だ。武の振りに乗るかどうかを迷っている。
でも、もしも鷹に狙われたら、結構ヤバい。体重の軽い猫が鷹に捕まったら、あっという間に上空に連れ去られてしまう。
「へっ、その手には乗らねーよ! 万が一ということもあるからな」
「へー、怖いんだ?」
「怖くねーし」
強がる猫。武はさらに追い打ちをかける。
「はーん。お前はキャット(猫)じゃなくて、チキン(腰抜け)なんだな」
「なんだとー!」
武は自分でも『上手いこと言ったなー』と思った。
「これから、お前のことはチキンと呼ぼう。Hey Yo! チキン!」
「うるせー! 俺はキャットだ。チキンじゃねー!」
「じゃあ、行けば?」
「お前、あんまり俺を馬鹿にすんなよ! あんな鷹、俺が一撃でやっつけてやる。キャットのプライドにかけて!」
そう言うと猫は鷹の方へ走り出した。
偶然ではあったが、猫が走り出したのと同じタイミングで、男は鷹を宙に放った。
鷹は猫を目掛けて一直線で飛んでくる。猫は鷹から逃げるように右に逸れた。鷹は猫の方へ向きを変える。
鷹にロックオンされる猫。鷹は猫との距離を一気に詰めて捕獲する体勢を採った。
「たけしー、鷹が俺を狙ってる!」ピンチの猫は大声で武に助けを求める。
「そーだね」
「『そーだね』じゃねー! 助けろやー!」
「それがお願いをする態度かな?」
「助けてくださーい!」
武は「しかたないなー」と言いながら、ごく少量のリチウム弾を発射した。弾の幾つかが鷹に当たったようで、猫から離れて上空へ退避した。
「助かったー」
猫は一命を取り留めた。
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