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第3話 「希望の光」
翌朝クラリスは、テーブルに並べられた——温かなパンとベイクド・ビーンズ、香りたつソーセージとベーコン、ごくりと唾を飲み込みたくなるほど、香ばしく焼き上げられた目玉焼きと、マッシュルームにトマト、新鮮な野菜だけを使った瑞々しいサラダ、甘酸っぱい果汁が、切り口から滴っている果物に、目を丸くした。
贅沢の道のりは遠いなと、レイチェルは気を失いかけたが、今まで、誰にも大切にされてこなかったであろうクラリスを、精一杯大切にしようと、心に決めた。
「奥様、本日は邸内の案内を、させていただきたいと思っておりますが、よろしいでしょうか?」昨晩のように、クラリスを驚かせてはいけないので、レイチェルはクラリスの背後からではなく、視界に入ってから声をかけた。
「……はい」
「楽しみにしていてください、とても素敵な邸宅なのですよ。私も、ひと月前に、ここへ来たばかりですから、あまり詳しくはないのですけれど、お庭も綺麗に整えられていて、さまざまな色のバラが、見事なまでに咲いていますし、東洋のバラと呼ばれている、アジサイも咲いているのですよ」
「……はい」
なかなか警戒を解いてくれないクラリスに、レイチェルは心を痛めた。虐待されていた上に、彼女の味方になってくれる人は、1人もいなかったのかもしれない。だから、ほとんど見ず知らずの他人であるレイチェルのことも、酷く警戒するのだろう。
朝食を見た時は、目を輝かせていたのに、反応が薄い、花にはあまり興味がないのかもしれないと、レイチェルは思った。
「図書室もありますよ、静かで、いいお部屋ですよ。東向きに窓がありますから、午前中は、そちらで読書をしてみましょうか。座り心地の良さそうなカウチが、窓辺に置いてあるのですよ」
クラリスはレイチェルと一緒に、図書室までの廊下を歩いた。途中使用人とすれ違ったが、皆がクラリスを虐めなかったことに、安堵した。
(ここはもう、エンディコット公爵邸では無い、悪魔に取り憑かれていると気づかれなければ、酷いことはおきない……もしかしたら、悪魔は出ていったのかもしれない……)
使用人とすれ違う度に、まるで命の危機に瀕したような顔をするクラリスを見て、レイチェルは悟った。彼女の体にできた無数の傷跡は、使用人の手によるものだと。
公爵令嬢を痛めつける使用人も、それを放置したエンディコット公爵も、悪魔だとレイチェルは思った。
昨夜、クラリスの就寝の世話をして戻ってきたレイチェルに、クラリスの噂話をしていた使用人たちは詰め寄った。クラリスはどうだったか?やはり噂のように怯えていたか?顔はどうだったか?結婚後すぐに夫から見捨てられるほどに醜いのか?
クラリスの容姿は、とても美しかったと話して聞かせた。公爵家で虐待を受けていたようで、酷く怯えているのはそのせいだろう、クラリスは他人を恐れている、驚かさないように、慎重に行動してあげようと、レイチェルは提案した。
それを聞いた使用人たちは、クラリスに同情し、レイチェルの言う通り、この屋敷の中を、彼女にとって安らぎの場所となるよう、整えてあげようと話し合った。
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