story04 傷心旅行

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story04 傷心旅行

 車は、青空の中を軽快に走り抜けていく。  彼女は何も話さず、助手席で、ただ車窓を眺めていた。  俺は、そんな彼女に何も話しかけなかった。  やって来たのは、湖の畔にあるペンション。  戸建ての建物の前には、湖畔の景色が広がり、  手入れの行き届いた落葉樹の森が美しく広がる。 「今日はここで一泊しよう。何もしなくていい。好きに過ごして」 「……………綺麗」  この日、というか久しぶりに、彼女の素の声が零れる。  あれ以来、俺が聞いていたのは、嗚咽と慟哭。  彼女の悲しみの悲鳴だけだったから。  だから俺は、彼女の心が少しでも、癒されてほしいと連れてきた。 「そうか、良かった。気に入ってくれて」 「………うん。ありがとう」  そう呟く彼女の表情が、少しだけ緩んだ気がした。  彼女が湖畔に歩いていく。  俺は、椅子をもって後を追う。  水際まで来て、彼女の足が止まる。  俺は少し後方で立ち止まり、  彼女の邪魔をしないように見守った。 「ねぇ」  突然、彼女が俺に尋ねてくる。 「私の何が、いけなかったのかな…」  彼女は、ぽつりと自分を責める言葉を零す。 「お前は何も悪くない。自分を責めるな。悪いのは全部アイツだ」  俺は、彼女にそう言い聞かせた。  抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。  爪が食い込むほど拳を握る。  俺は、そんな機微を必死に隠し、  持ってきた椅子に、彼女を座らせた。  アイツから、彼女が一方的に別れを告げられて、  かれこれ数か月が経過していた。  アイツと共通の友達から聞いた話では、  父親が持ってきた縁談の、どこぞの令嬢と付き合っていると聞いた。  恐らくアイツは、親父に逆らうことができなかったのだ。  そこまではいい。アイツが弱かったという話で済む。  だが、その後の始末のつけ方が悪かった。  きちんと筋を通して縁を切っていれば、  彼女もここまで引き摺ることはなかっただろう。  アイツの悪質さの結果が、今の彼女の現状。  彼女は、アイツへの未練を、  未だに断ち切れていなかった。
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