01.月曜日

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01.月曜日

 ジュディ・フォレストは僕の最愛の人。  その名を表す一つ一つのアルファベットでさえ愛おしいし、彼女が着たらどんな服だって一流のドレスみたいだ。大好きとか、愛してるなんて言葉じゃ全然足りない。  ジュディは僕のすべて。  彼女が居なきゃ生きてる意味なんてない。 「ねぇ、ヴィンセント。今度はいつ会える?」  ハスキーな声が背中に飛んできて、僕は顔だけそっちに向けた。下着も付けずにベッドに腰掛けて煙草を吸う女はリリーだかルイーダだかいう名前らしいけど、初めて出会った時に彼女は僕に「エルと呼んでくれ」と言ったから、僕は彼女を単にエルと呼んでいる。  エルはボーイッシュなショートヘアに似つかわしくない大きな胸を揺らして寄って来たかと思うと、それを僕の背中に押し付けた。 「最近ノリ悪いね?彼女でも出来た?」 「そういうんじゃないよ」 「じゃあ、どういうの?」 「好きな人に会えそうなんだ」  言葉にするとくすぐったくて、僕は少し笑う。  エルは「はぁ?」と言って怪訝な顔を作った。 「なに、好きな人って?」 「ずっと会いたかったんだけど、会えなくてさ」 「待って初耳なんだけど」 「だって聞かれてないし」  名前のない関係の僕たちに、そんな情報をシェアする義務はない。僕はエルがどこで何をしている人なのか知らないし、彼女が僕以外の男と会っていても何も思わない。  それは相手だって同じだと思う。そういう関係が心地よくて楽だから、こうして今までそのぬるま湯に浸かって来たのだ。つまり、男女における身体だけの関係に。 「どんな女なの?」  エルは苛立った様子で二本目の煙草を取り出す。  部屋の空気はもう煙たくて、この後で掃除に来る予定の担当者はさぞかしお怒りになるだろう。換気をして出た方がいいだろうか、とぼんやり考えた。  背中に感じる柔らかい肌に触れないのも悪い気がして、僕はやわやわとその形を変えてみる。エルが煙と共にくぐもった声を漏らした。僕は彼女の身体の良いところを知っている。彼女が僕の喜ばし方を知っているように。  退室を知らせる部屋の電話が、少し鳴って切れた。 「どんな女かって?」 「……っ…ヴィンセント、」 「女神みたいに綺麗で、聖女みたいに広い心を持っている人だよ。僕は彼女のためなら死んでも良い」 「………は?」  胸の頂を舐めながら答えたら、思いっきり頬を叩かれた。びっくりして暫く硬直する。顔を上げるとエルは大粒の涙を流しながら僕を見下ろしていた。 「えっと……なんで叩かれたんだっけ?」 「なんで、じゃないわよ」 「じゃあ…どうして?」  怒った顔はあまり綺麗ではないから、吊り上がった目尻を下げてあげようと手を伸ばしたら、また強い力で叩かれた。エルがこんなに喧嘩っ早い性格だったなんて知らなかった。ベッドの中ではいつも猫みたいだったのに。 「バカにしないでよ!なんで私の前で他の女の話をするわけ?しかも何?それって恋人?」 「だから彼女とかじゃないってば、」 「どういう関係なの?失礼だって分かってる…!?」 「分かってないけど……」  ボフンッと枕が飛んで来る。  これはたぶん良くない。ここの安宿を出禁になったら僕たちはどこで落ち合ったら良いのか分からない。  静かにするように説得しようと試みる僕の前で、エルは脱ぎ散らかしていたシャツを乱暴に羽織って荷物を掴んだ。 「え、帰るの?」 「これ以上あんたに時間を使いたくない」 「エルどうしたの?君らしくないよ」 「私らしくない?貴方が私を知らないだけでしょう!」  大きな音を立てて部屋の扉が閉まった。  呆気に取られたまま、僕はベッドに沈み込む。 「ジュディ先生…やっぱり僕には難しいです」  独り言は煙たい部屋を漂ってすぐに消えた。
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