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02.火曜日 前編
「んお!?ヴィンセント、随分と男前になったな!」
ゲラゲラと笑い転げる男たちを一瞥して、僕は自分の頬をさする。エルに平手打ちされた左の頬はどういうわけか一日経っても赤い紅葉を残していた。
「減らず口叩いてるとまたボスに怒られるぞ」
「っちぇ、ボスのお気に入りだからって偉そうに」
「聞こえてんだよコラ」
「聞こえるように言ってんだ」
イラッとしたけれど、僕はこの程度で発砲するような短気な性格ではない。それに、もう慣れっことなったこういう掛け合いは挨拶のようなもので意味を持たないことは十分承知していた。
ズラズラと並んで指定された店まで向かう。先頭を歩く坊主頭の巨人がゴーダ、その両脇を固める背の低い二人はウルとベル。顔中に傷があってよく分からないが、どうやら兄弟らしい。
「なぁ、ゴーダ」
「おう?」
「年上の女ってのは何をプレゼントしたら喜ぶ?」
ヒュウッと口笛を吹いてゴーダは茶化す真似をする。
「とうとうヴィンセント坊ちゃんも恋を知ったか?相手はどんな女だ?巨乳か?それとも良い尻?」
「お前の低俗な趣味と一緒にすんなよ、彼女は最高だ」
「秘密主義だな。どんな女か先ずは教えろよ」
「やだよ、お前が他の女寝取って興奮する異常性癖者だってファミリーの間じゃ有名だろうが」
「そんなの一度だけだ!ありゃあ女にも罪はある」
ごちゃごちゃと喋っているうちに、目当ての建物の前まで来た。一見何の変哲もないただの汚い子屋。もう使われていないはずの建物には、ぼんやりとした明かりが灯っている。
パレルモファミリーと呼ばれる自分たちの組織は、この辺りでは名の知れたマフィアだった。アカデミーを卒業して、行くアテもない僕を拾ってくれたのが今のボスだ。
裏社会のルールなんかは未だによく分かっていないけれど、何の役にも立たない子供に温かい寝床と飯を用意してくれたから、きっとボスには返すべき恩がある。
「さっきの話だが……」
「?」
ゴーダは鼻の頭を掻きながら口を開く。
「お前みたいにツラの良い男だったら、年上だろうが何だろうが、まあキスでもして一発ヤったら即落ち間違いなしだ」
「うそ、本当に?」
「人生経験が豊富なゴーダ様のアドバイスだぞ」
「うーん…信じがたいな」
「ポイントは優しく甘く、だ。男らしくガツガツいったら女は大抵痛がる。我慢に我慢を重ねて風船を抱くみたいに優しくしてやれ」
「ゴーダは風船とヤったことあるの?」
「例えの話だ、ボケ」
溜め息を吐いてゴーダは前へ進む。
踏み付けた玄関の床板は、腐っていたのかパキッと小さな音を立てた。よく見ればところどころ苔むしている。
今日僕たちが此処へやって来たのは、管轄するエリア内に存在する違法売春組織を摘発するため。周辺に住む市民からタレコミがあって事実確認に出向いて来たのだ。
本来であれば、エリア内で風俗を運営する場合は組織に一定の金額を納める必要がある。しかし、今回の場合はそうした手続きを取っておらず、加えて、国の法律に違反する未成年の売春。パレルモの管轄エリアでそのような暴挙は許されるはずもない。
「……そうだ、ゴーダ。俺の最愛の女を君に紹介するわけにはいかないけど、その女を食い散らかしたクソなら今日見ることが出来るよ」
「は?」
「思いっきりやってくれ。間違えても一発で殺すな」
「なんだよ、俺には事情が読めねぇぞ…?」
混乱するゴーダに笑顔を向けて扉を蹴破った。
朽ちた金具が外れて地面に落ちる。
愛するジュディの夫であるベンシモン・マックイーンが未成年の少女を集めて裏稼業を始めたらしいとボスから聞いた時、驚きや蔑みよりも喜びの気持ちが勝った。ついにあの豚の首を落とすことが出来ると、昂る感情を抑えるのに随分と苦労したのを覚えている。
ジュディとベンシモンが結婚したのは、彼女が教職を退いた五年前の話。五年も天使を家に留めることが出来たのだから、彼は十分幸せ者だろう。もう今世に悔いもないはず。
足を進めると、わずかに開いたドアの向こうで、簡易的なベッドの上に座るベンシモンの姿を見つけた。傍らには彼のお気に入りなのか、まだ十代と見られる少女が座っている。
「ベンシモンさん、こんばんは。先生の結婚式以来ですね」
怯える小さな双眼が過去を思い出して大きく見開かれる。
愛するジュディ・フォレスト。
補足するならば、僕は彼女の最後の生徒だった。
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