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78.ピエロ
結婚式の当日は、雲一つない青空だった。
私は、用意された淡いパープルのドレスを着て姿見の前でくるりと回ってみる。どうやら花嫁の付き添いを務める四人の女性には皆役割があるらしく、妖精のように色違いの服を着て式に参列するそうだ。
今日の主役である隣国の王女ガーネット・デルノワの友人たちに紛れて、皇子の側妃である自分がその場に居座るのは、想像しただけでひどく居心地の悪いことに思えた。花婿の親しい友人の一人だと伝えたとテオドルスは言っていたけれど、一度顔を合わせた時のガーネットは、その女の勘故か何か気付いているようで。
胃がキリキリする。
靴も服も、すべてが身体を締め付けるみたいだ。
ノックの音がして身体を向けると、正装をしたテオドルス・サリバンが立っていた。この素晴らしい日に相応しい白のタキシードに、胸元には白い薔薇の花が飾られている。
「ジュディ……綺麗だ。君は誰よりも美しい」
私は黙って頷いて、両手を広げる彼の元へ寄って行く。
「悪いが今晩はここへ来れそうにない。新婚の夜に花嫁を放置すると後々の夫婦関係に響くらしいからな」
「………ええ、私は構いませんから」
「つれない態度を見せるな。寂しがってくれても良いんだ」
少しだけ俯いて見せると、テオドルスはそれを都合よく解釈してくれたようで、嬉しそうに私を抱き締めた。私は額に落とされるキスを大人しく受け入れながら、世界一幸せであるべき花嫁のことを思う。
ごめんなさい。
どうか、幸せを邪魔する私を許して……
再びノックの音がして、式の始まりを告げる使用人が慌てて姿を現すまで、ご機嫌な皇子は今日の結婚式の意味、これから自分が叶えたい夢などについて私に話して聞かせた。私はそれを、人形のように頷きながら聞くフリをして過ごした。
この素晴らしき日に、彼は、どこで何をしているのだろう。
私は部屋を出て行くテオドルスを目で追いながら、その黒髪が彷彿とさせる唯一人の男のことを考えた。
◇◇◇
どこかの強国から政治的な都合で連れて来られた王女は、それでもやはり幸せそうだった。
私は色とりどりの花が入ったカゴを手に持ち、花嫁の後ろを歩く。出席者の三分の二はノルン帝国から集まった王族の御機嫌取りたち、残りは隣国から来訪した王女の知り合いの貴族のようだ。
突然加わった見ず知らずの女を、他の付き添い人の女たちは警戒しているようで、上部ではにこやかに笑っていても何だか余所余所しい。それも仕方がないことだろう。
美しい新郎新婦は参列者の祝福に応えて、手を振りながら穏やかな笑顔を浮かべて歩く。指輪の交換も済んだので、これからは食事の時間に入り、祝辞を述べる貴族たちが二人の前に列を成すことだろう。
既に着席している皇帝と皇后を視界の隅に捉えて、私はほっと息を吐いた。このまま進めば昼過ぎには終わるはずだ。私は久しぶりに自分の時間をゆっくりと持てる気がする。
その時だった。
それまで順調に歩みを進めていたテオドルスが、急に立ち止まった。隣を歩くガーネットは不思議そうに顔を上げて、その目線の先を追う。私も同様に、自分たちが歩む道の前方に目を遣った。
「………うそ、」
溢れた小さな呟きは、きっと誰にも拾われていないと思う。
そこには白塗りの顔にボールのように丸い赤い鼻を付けたピエロが立っていた。大きな三つの箱が載った荷台を押していて、可愛らしくラッピングされた包みには丁寧にリボンまで結ばれていた。
私は、そのピエロの正体を知っていた。
派手な化粧をしていても、黒い癖のある髪と射抜くような強い視線は、ヴィンセント・アーガイルのものだったから。
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