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我が家の近所には結構有名な植物園があって、水生植物園はその施設のひとつだ。池を中心にして遊歩道が取り付けられてはいるが、夏にはミソハギや半夏生、名もなき草が繁茂し、冬にはそれらが茶色くなって冬枯れの蕭条とした風景を描き出す湿地帯である。
妻が「汚い池」というとおり、湿地園のほとんどの面積を占める広い池は常に深緑色にどんよりと濁っていて、周囲の木立をすら明瞭に映し出さない。
ところが、早朝にはボチャンボチャンと勢いよく水音を響かせて魚がジャンプするし、それを狙ったカワセミが、瑠璃色の翼で風を切り裂きながら急降下し水面に直角に突っ込んでいく。
なぜ動きを止めた池にかくも豊かな生命が息づいているのか。
その理由はこうだ。
池の底では泥の中から清水が湧き出し、濁り水の下を走り、地下をゆっくりと、途方もない時間をかけて進み、最後には川に注ぎ込む。いや、この池だけではなく、このあたり一帯は
「どうしたの。黙って」
妻の声が僕を現実に引き戻した。
「このあたり一帯は崖線に近く、水がいたるところから染み出しているからね。昔の玉川が削り取ってできた河岸段丘を国分寺崖線というんだ。自然が残り湧き水もたくさんある」
妻は目を瞠った。
「あら、あなたもよくご存じなのね。その方も同じことをおっしゃっていたわ」
そりゃあ光栄だ。
「コーヒー入ったよ。ブラックでいいでしょ」
僕は妻のまえに、彼女のためのコーヒーカップを置いた。
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