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店は空いていた。
妻は奥の四人掛けの席に座っていた。サンダルを履いた足を投げ出し、頬杖をついてメニューに目を落としている。
「こんにちは。待ちましたか」
妻は顔を上げると、嬉しそうな顔をした。
「いいえ。さっき着いたばかりです。すぐにわかりましたか? ちょっとわかりにくいけど、友だちのご両親がやっててとってもおいしくて。圭一さんにも食べてほしくて。わかりにくかったかな。すごい汗」
僕たちの前に水の入ったコップがふたつ静かに置かれた。
「ねえおばさん。多江ちゃんはいないの? 夏休みでしょ、学校も」
多江ちゃんは少し口ごもってから、娘はあんまり家には寄り付かないのだと言った。
「今度の休みには必ず会おうねって伝えてください」
「ええ。そうしましょうね。ご注文は何になさいます。小夜子さんはいつもの蒸籠かしら」
妻はどうしようかな、と首を傾げた。そして僕に笑いかけた。
「このお店は同級生のおうちで、おばさんとおじさんがふたりでやっているんです。なんでも美味しいんですよ」
「女将さんのおすすめも蒸籠ですか」
「今日はね、ゴーヤとベーコンのかき揚げ蕎麦。ご近所から取り立てのゴーヤを頂いたからすっごく新鮮。ほろ苦くておすすめよ」
「それは夏らしい取り合わせですね。僕はそれで」
「わたしも同じものがいいな。お願いします」
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