第八話   一人目

2/2
前へ
/76ページ
次へ
 息を整えながら、自分の足元をみながら、高鳴っていた鼓動を落ち着けた。胸に手を当て、早すぎる脈拍を感じる。この機会に参加しなければ得られなかった高揚感。見られているのは自分。魅入られているのも自分。注目を集め得られる幸福感。舌なめずりして、含み、噛みしめ、咀嚼し、味わい、堪能する。胸から降りる手は、腹部よりも下腹部にたどり着いた。 「ああ……着替えなきゃ♡ 替え……あった、かな? そうだ。貴方のお洋服、もらうわね♡ 貴方のこと、忘れないためにも」  上半身は下げたまま、頭部を挙げる。潤んだ上目遣いが業を視界に入れた時、≪絞殺≫の視界で何かが動いた。 「その必要はない」 「ぇ――」  刹那。≪絞殺≫の視界は地に落ちた。  比喩ではない。ただその言葉の通り、エレベーターが落ちるように。業の顔を捕らえようとしていた≪絞殺≫の視界は、顔から上半身、下半身、そして足元まで落ちたのだ。  ≪絞殺≫も理解できていない現象。理解しようとする前に走る、背部の痛み。 「あ、あぁぁぁああぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁあぁぁぁあああぁぁぁっぁ……」  ≪絞殺≫には見えない。けれど、≪絞殺≫は見ている。≪絞殺≫は臀部を突き出した状態で床にへばり付いている現状を。≪絞殺≫は叫ぶ。叫ぶしかない。それしかできないのだ。痛みに悶え、苦しみ、叫ぶ。立てず、座れず、捩れず。声を張り上げる。動けないまま、視界に降りてきた、≪絞殺≫の鞭。 「な、ん……で……」 「切った」  業の片手は自由だった。≪絞殺≫が拘束したと思っていたのは腕、だけではなく。逆手に持ったサバイバルナイフもだったのだ。業が動かさずとも鞭は締め付けている。自ら刃にすり寄る鞭はその身を傷つけ、そして千切れた。千切れても≪絞殺≫は気づかない。拘束したという油断が、状況確認を怠った。サバイバルナイフを持ったままの業は大きく一歩踏み出し、学科で学んだ背骨、そして大動脈という急所にめがけて、刃を振り下ろした。 「ゃ……あ……ぉ、ねが……い……」  瞬時に悟る、自身の死期。躊躇いなく突き刺してくる相手だ。無防備な≪絞殺≫など、赤子の手を捻るよりも簡単だろう。それでも、藻掻いた。自分は逃げれずとも、縋り、見逃してくれと、どうにかして助けてほしいと、訴える。  ≪絞殺≫の目には、業は映らない。下半身までしか眼球は動いてくれない。必死に声を紡ぐ。次に得られた情報は、自分から離れていく足音だった。 「……♡」  業は離れていく、それだけがわかる。自然と、口角が上に向いた。見逃してくれた。そう思って、安心したのだ。息を吐いて、目を閉じて、力なく頭を下ろす。冷たい。鉄臭い。目を開けてみれば、液体が一面に広がっている。 「ぁ……」  血だ。どれだけ出たのかわからない。見渡して、境界がわからないほどに広まっている。≪絞殺≫にはわかりもしないが、鳩尾まで刃が届いていた。伏せた体ではわからない。刺された場所に気を取られ、気づくことすらできずに困惑するばかり。  血溜まりに身を浸し、誰にも見届けられず、看取られず。  ≪絞殺≫は声もなく死亡した。  ―― ようやく動き出した≪刺殺≫が≪絞殺≫を殺害! 85ポイントゲット……といきたいところだが、死因は失血死! 残念ながらポイントは獲得ならずー! ――  ―― おおっと! ≪模倣犯≫はポイントゲットです! 合計170ポイントとなりましたぁ! ――
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加