第十話   割り込み

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第十話   割り込み

 女に飲ませようとした試験管の中身も、おそらくは毒だろう。廊下に無造作に投げ捨てられたものが二つ。落ちても割れないということは、誤って落として割れたら危険だったのか。持ち主の男はガスマスクをしている。皮膚からも吸収するタイプか、マスクが見せかけなのか。  女を守る様に、業はガスマスクに向かい合う。階段の上と下。毒とナイフ。守るものがある業と、背後には何もなさそうなガスマスク。どちらが有利かは一目でわかってしまう。 「邪魔するなよぉー。脳筋馬鹿のくせにぃ。知ってるぞぉお。お前みたいな体がでかい奴はぁ、力でねじ伏せてくるんだぁぁぁああ。人が嫌がることについては頭の回転が速いんだぁ。だから今、僕の邪魔をしてるんだろぉぉお」  ゆらゆら。ゆらゆら。  白衣の体が左右へ揺れる。振り子のように不安定な体で、呪詛のような言葉を唱える。  女は震える手で業の服を握る。今はまだ目を逸らすわけにはいかない業は、感触だけで状態を推察する。震えているのだろう。微かに服を擦る感触する。同じようにガチガチと音もする。歯がぶつかっているのだろう。少し見た記憶を遡れば、業よりも何周りも、特に身長は頭一つ分は小さな体。よくこの時まで生き抜いたと感心に値する。うさぎのようにか弱い体。少なくとも今は、後ろから攻撃する気配はない。  さて、この女はどっち(・・・)なのか。それがわかるのは現状が落ち着いてからだろう。 「あああああ、むかつくむかつくむかつくぅ……僕の邪魔するなよぉぉおおお……僕は何もしてないだろぉぉぉおお。なんだよぉ、なんなんだよぉおぉぉおぉぉぉおおおお。お前もアイツらと一緒だぁ……僕をいじめるアイツらと一緒だぁぁぁああああ……ころす……殺すしかないいぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!」  ブツブツ、ブツブツ。  ガリガリ、ガリガリ、ガリガリガリガリガリガリ。  マスクの隙間から言える残バラな髪を掻き毟る。雄たけびとともに懐から出された缶。普通の人間ならば()としか思わなかっただろう。けれど、業は違った。多少なりとも()の世界を見たことがある業には、それが『催涙ガス』だと瞬時に判断し、ナイフを投げた。投げたナイフは缶に当たり、階段の下へ落ちていく。 「あああっ、あああぁぁぁああああ!!」  無残にも落ちていく缶を目で追って、どうしたことか、ガスマスク――通称≪毒殺≫――は不格好に走って逃げた。 「お前も来い」  服を掴んでいた手を振りぬき、業は階段を駆け上がった。突き当りを曲がってガスマスクを追うが、そこにはもう、姿はない。 「……」 「あの……」 「()か」  二人は上を見上げる。『化学室』と書かれたプレート。締め切られた扉。運動していたとは思えない走り方だった。物が置いていない廊下で、そんなにすぐ身を隠せるわけもなく。出した結論は『安全圏に逃げ込んだ』。 「……どう、するんですか?」
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