第三話   オリエンテーション

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 確かに業が申し込んだ内容で間違いはない。読んでも訂正する箇所があるわけではなく、ただ、本当に抽選に当たったんだなと少しばかり実感するだけだった。  —— あー。まーた言うこと聞かない人がいますね。参加人数は34名となりましたー。  ——  果たして何があったのか。どうしていうことを聞かなかったのか。詳細は伏せられたまま、アナウンスは気怠げに現状を報告する。もちろん、その情報は業にとってはどうでもいいこと。反応はない。業は紙から目を離し、再度室内を見回す。  アナウンスの流れる箱。  その下に昔ながらの黒板。なお、チョークや黒板消しはない。ただしすでに記載されていて、それは数日分のカリキュラムなのだろうと判断できるもの。  窓はガラスはなく、鉄格子と金属の何かで塞がれている。業は手を伸ばしかけ、触れることはしなかった。継ぎ目もなく、もちろん光が漏れるわけでもない。重厚そうなそれは、触れるまでもなくひどく冷たい番人である。  隅にはトイレ。近づかずともわかる、トイレ。仕切りがないのだ。誰かに見られることはなさそうな環境だが、それでもあからさまなこの状況はまるで監獄のようにも感じさせる。  壁一面にあるのは、刃物。刀、ナイフ、チェーンソー、包丁、ノコギリ、斧、薙刀、鉾、鉈、カッター、彫刻刀、メス、鍬、剃刀、鎌。など。大小さまざまに、まるで展示物のように飾られている。真新しいのか錆一つなく。まるでこのために用意したようなものたち。  壁に合わせて机がずらりと並んでいる。生徒が使うような机だ。椅子とセットになっている。机の上には内臓。知る人が見ればなんの内臓かはわかるだろうが、業にはその知識はない。ただ、机の下まで滴り、固まりかけた血が『まだ新しそう』だと感じさせる。  内臓だけではない。まるで模型のような上半身。下半身。四肢がそれぞれ。顔が潰され髪を雑に剃られた頭部など。目のやり場に困る光景の中に、業は無表情で立ち尽くす。  —— えー。34名の皆様には、ご希望された殺し方について徹底的に学んでいただきます。お部屋には教材を多数ご用意させていただきました! 素晴らしいでしょう? ()る気が湧いてくるでしょう?? 不運に見舞われ、幸運を掴んだ皆様! さあ、今こそ復讐を遂げるのです! 我々は、皆様の復讐(ユメ)を叶えるべく! 全力で後押しいたします! ——  テンションが上がったり下がったりと忙しいアナウンスが耳を(つんざ)く。恐ろしいほどにアナウンス以外から同調も反発も聞こえない。それだけ、この場の防音設備は恐ろしく優秀。いくら遠くとも、タイミンが合わされば何かしらは聞こえてきてもおかしくはないのだ。また、アナウンスが時間差で届くこともあり得ただろう。なにもない。それは、それほどに距離があるか遮断されているか。学校を模している以上、さらには企画内容や強行内容からして、距離よりも防音設備のほうが可能性はあるだろうか。  —— さあ。時間は限られていますよぉ! カリキュラムが部屋のどこかに記載されています! その通りにこなしてくださいね! 一定のカリキュラムを(こな)さないと、食事も水も没収ですよ! さあさあ。レッツらゴー! ——  プツ、と音がした。アナウンスが切れた音。これ以上は何も言うことがないと。むしろ言われたことをやれと言う無言の放送。  業はカリキュラムを見た。まずは『得物(えもの)を選べ』と書いてある。壁に視線を移した業は、眺めるよりも以前から決めていた自分の相棒に手を伸ばした。      ✢
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