103人が本棚に入れています
本棚に追加
「つかさくんはさ、わからないんだ」
「……何を?」
「フェロモン。感じないの、幼少期の事故が原因で」
フェロモンを、感じない――
その発想が全くなかった。
あんなにもあの人からは今までの人生で感じたことのない、どの匂いよりも格別にいい匂いがするというのに、あの人は俺に何も感じない。
そんなことがこの世にあるのか……信じられない気持ちで父に続きを促す。
「……それで?」
「車の事故でご両親を一気に亡くし、同乗していたつかさくんは後部座席で幸い一命を取り留めたものの、代わりに病院で目覚めた時には既にそういう状態になってしまっていたそうだ。
しばらくは養護施設で養ってもらっていたそうだけど、フェロモンを感じないとはいえあの子は、Ωだから……そこでも不幸なことがあったみたいでね、今にも自分の命を投げ出そうとその身一つで養護施設を飛び出してきたところにたまたま遭遇したのが、私たちの出会い」
「っ、」
自分の知らないところで自分の運命の人がそんな目にあっていたなんて……下手したら一生出会うことが出来なくなっていた未来もあったかもしれない。
そんな言葉にならないショックが全身を襲う。
ショックで、悲しみで、怒りで。到底見せられる表情では無いことを重々承知だからこそ、顔を覆った手を離せなかった。
「私にはほら、亡くなった奥さん…真由さんがいるから、あの子のフェロモンは感じない。だからお互い居心地が良かったんだと思うよ、つかさくんを保護することを決めた私がそのままつかさくんを引き取って、出会ってから十年以上、一緒に暮らしていた。数年前につかさくんが一人暮らしを初めて出ていってしまったけれど、今でも私の秘書としてそばに置いてる。目を離したら消えてしまいそうだからね」
つかさくんとの関係は以上です。と話を締めくくる父をチラッと見てから、大きく息を吐く。
自分の手が、細かく震えていた。
「……ありがと、父さん」
「何が?」
「運命を、俺の元から奪わないでくれて……」
αとΩは、その性同士であれば誰とでも番にはなれる。だけどもやはり、この世のどこかに存在する運命の番は特別だ。
最初のコメントを投稿しよう!