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1-2 社内案内
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気づけば花野井くんの書類作成に全面的に付き合うことになり、ひと段落しかけた頃、楓珠さんからの内線を受け、秘書室まで迎えに来た楓真さんと今度はふたりきりで社内を移動する。
今は仕事とはいえ、先程の初対面を受けどう接すればいいのかわからず一方的にぎくしゃくと事務的に案内に徹したが、終始楓真さんが自然と振舞ってくださるおかげで、気づけば特に大きな混乱もなく無事地下2階から地上15階、屋上庭園まで備えたビルを一通り周り終え、15階にある普段そのフロアを使う人用の休憩スペースへと戻ってきていた。
楓真さんには好きな席へ座っているよう伝え、奥の簡易給湯室で2人分のコーヒーを入れて戻ると、そこにはただ足を組んで椅子に座っているだけの彼が、何故かあまりにも絵になる光景についその場でぼうっと見惚れてしまう。
こんな、誰もが見惚れる完璧なアルファが、何を間違ったのか、僕なんかを運命と呼ぶ。
それを素直に信じて受け入れられれば、これからの人生このアルファに愛され幸せに暮らすことができるのだろう……が、自分がそんな単純で器用な人間じゃないことを僕が一番わかっている。
なかなか戻ってこないことを不思議に思ったのか、窓の外を眺めていた視線が不意にこちらを向く。すぐさま僕を見つけると、一瞬楓真さんの目が見開かれ、驚くべき速さで近寄ってきた。かと思えば、そのままコーヒーの乗ったトレイを持っていかれてしまう。
あ、と思った時には既に席まで運ばれた後、先程楓真さんが座っていた席とは反対の椅子を引いて僕を待っていた。
「つかささん、早く」
「あ、はい」
呼ばれたものの一体これはどちらに座るのが正しいのだろうか……
選択肢はふたつ。
楓真さんが引いて待つ椅子と、先程楓真さんが座っていた椅子、交互に見比べ迷う素振りを見せれば、楓真さんが待つ椅子の方へ目配せで促される。
やっぱりそっちですか……と内心悲鳴を挙げつつ戸惑いながらも一歩前に踏み出せば、どうぞと椅子の前に立たされた。座るタイミングに合わせてそっと椅子を押されれば、あっという間に席におさまってしまった。
そんな僕を見届けにこりと笑みを残すと、元いた席に戻っていく無駄のないスマートな動きの彼を視線だけで追いかけた。
ここまでの自然なエスコートの所作がいちいち楓珠さんそっくりで、本当に親子なんだなぁ…と秘かに感じていた。
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