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「……くん、つかさくん?」
「あっ、――はい」
「大丈夫?」
最近忙しくさせちゃってるね、と心配そうにこちらを伺ってくる楓珠さんへ慌てて大丈夫です、と小さく首を振る。
「今日は残業せず早く帰ろうね。木村さんも、たまには家族サービスしてあげて」
「はは、ありがとうございます社長。今日も安全運転に努めさせていただきます」
「うん、よろしくね」
運転席の木村さんと言葉を交わしつつ、無理しないでと頭を撫でてくださるその大きな手が、優しくて、大切で…。
この気持ちが尊敬なのか、はたまた恋愛感情なのか、自分でもよく分からなかった。
ただ1つ言えることは、楓珠さんには返しきれないほどの恩が僕にはある。
3年前、25歳で正式に社長秘書として雇っていただく事になった直前のタイミングまで僕は楓珠さんのご自宅で一緒に住まわせて頂きお世話になっていた。身寄りのない未成年が身一つで養護施設を飛び出し行く宛てもなく彷徨いかけたあの時からはや10年――
当時僕は17歳、楓珠さんは30歳。
今でも当時のことは鮮明に覚えている。
『妻を亡くし、一人息子も海外留学へ行ってしまい無駄に広い家に一人で寂しいおじさんの家族になってよ』と、素性もしれない会ったばかりの薄汚れたΩを家へ迎え入れてくれた。
家族のいない僕に、大きくて暖かい手を差し伸べてくれた。
楓珠さんと過ごす年月は驚くほどあっという間に過ぎていき、初めて出会い共に過ごした今日までの十数年間、思い出す僕の記憶のどの瞬間も隣には楓珠さんがいる、ということ。
それがとても幸せだった。
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