兄が好きな人

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  お兄ちゃんへ、私のことを恨んでいますか?  私の兄、乙部魁(おとべかい)は美しい人だった。イケメンというよりは童顔で女の子のような見た目。美しいあまり時折危うささえ感じられた。  ため息が出そうなほど愛くるしい大きな瞳、艶やかな睫毛、絵画のような肌。兄はすべてを許されていたし、皆に愛されていた。同級生はみんな兄が好きで、それで私に近づいてくるけれど私が面白い子ではないとわかると自然と離れていった。  わたしは兄が嫌いじゃなかった。基本的に内弁慶で少し奥ゆかしすぎるところもあったがいい兄だった。普通の兄妹だったと思う。  私は兄とちがって醜い子だった。兄も小学生の頃はよく私のことをブスとか豚とか言っていじめてきた。昔は言われたたびに泣いていたけれど、今はもう過ぎたことだ。 「あなたが(かい)くんの妹?」 これは何度言われたことだろう。あまりにも似ていないからこういう類のことはよく訊かれる。また、何を勘違いしたのか知らないがおそらく兄のことが好きな女に 「魁くんに近づかないで」 こんなことも言われることがあった。もう私が中学一年生になる頃はそれをいちいち気に留めるのに疲れていた。幸運にも同級生には私の容姿を馬鹿にしていじめてくるやつはいなかった。      私の中学校は複数の小学校の人も同じ中学校に集まる。小学生のころから仲の良い清水海未(しみずうみ)と同じクラスになれたのでひとまず一年間は安泰だろう。つくづく思う。海未はいい名前だ。海は未知数。無限の可能性を込めて両親がつけてくれたのだろう。海未の健康的な日焼けの仕方、色素の薄い瞳とそばかす、黒目が大きい瞳。容姿とも名前がベストマッチしている。  名前と容姿が世界で一番ミスマッチしているのはで私だと思う。だから何だという話だけれど。私はべつにこの名前は嫌いではない。自分のだと思わなければ。  海未も私の兄が好きだ。大好きだ。だから私といるのだろう。そのことについては別に何も思わない。私は海未と一緒にいたいからそれでいい。告白すればいいと言うたび、恥ずかしがって何も言えなくなってしまう。そんな海未が私はたまらなく好きだ。  私の中学校にはもう一人、次元が違うほど飛びぬけた容姿の人がいる。兄と同じ中学三年生の小野寺(つかさ)だ。この人は兄とは対照的に大人っぽい顔つきで背が高く目は二重だけれどキリっとしている。二度見してしまうようなかなりのイケメンである。同じ小学校だったので知ってはいたけれど。女子たちはこの二人のみーんな御熱御熱(おねつ)だ。ちなみに私は興味のかけらもない。最近気が付いたが私は恋愛感情が欠落しているみたいだ。  白い息が出るくらい寒い朝、海未が私の兄に、魁に告白するといった。 「このままでもなにも変わらないでしょう?」 何があったんだ。私の知らないところで海未が変わっている。もし兄と海未が付き合ってしまったら私と海未を繋ぐものはなんだ?私を一人にしないで、海未、置いていかないで。こんなにも私はあなたに執着しているのに。口から出そうになり慌てて飲み込む。顔を赤らめる彼女をよそに私の心は本当の海みたいに荒れていた。    海未は、兄に振られた。海未はすごくすごく泣いていた。赤ちゃんみたいに、口を大きく開けてわんわん泣いた。慰めながら、心の中で私もこのくらい海未に想われたい、と場違いなことを考えていた。こんなときも自分のことしか考えない私は最低だろうか。  海未はこんな状態なので言うに言えなかったけれど私にも非日常的なことが起こった。小野寺司から告白された。この醜女醜女(しこめ)の私が。天地がひっくり返ってもあり得ないことが起こってかなり私は混乱している。今は相手に悪いが保留にさせてもらっている。断る理由もないが、付きあう理由もない。海未が落ち込んでいるというのに、このことばかり考えてしまう。    その夜、兄に話しかけられた。世間一般で言うと比較的によく話す兄妹だと思うので話しかけられたことは意外ではなかったけれどその内容は目を見開くものだった。 「おまえ、小野寺に告白されたの?」 なぜ兄が知っているのだろう。小野寺司と兄はそんなに仲が良かっただろうか。幼稚園も一緒だったらしいけれど、仲が良いとはあまり聞いたことがない。  しかも驚くべきことは兄の形相だ。あの愛くるしい顔が般若のような顔になっている。私は兄を怒らせるようなことをしただろうか。ブスな私に彼氏ができようとしているのが気に食わないのだろうか。 鬼のような顔の兄を前に私は何も言えなくて、兄も顔を一瞬で戻し部屋に戻ってしまった。その兄の後姿を私は茫然と見つめていた。  私は一晩考えた結果、小野寺の告白を受けることにした。昼休みそれを伝えに行くと小野寺は少し照れたように笑ってよろしくと言ってきた。意外にも睫毛が長く美しいと思った。三年生のフロワで兄に会って、話しかけたら無視されてしまった。  やっぱり、と思った。私は昨日、ベットの中で自分なりに考えたのだ。ずっとずっと考えていた。兄がなぜ怒っていたのか。なぜ小野寺司に告白されたのか。ヒントはずっとあった、なぜ今まで気付かなかったんだろう。兄は私のことをブスを言うが、同級生は言ってこないこと。兄に近づくなと兄のことが好きな女に言われたこと。小野寺司に告白されたこと。これは全部私がのだ。だって本当にブスなら同級生も一人は馬鹿にしてくるだろうし、ブスなら兄に近づいても危機感を持つ必要もない。なによりブスならばイケメンで有名な小野寺司に告白されるはずがない。阿保らしいことに昨日気付いたが私と兄は顔が似ている。親戚にも言われたことが何度かあったけれど、その時露骨に兄が嫌そうな顔をするので気が付かなかった。昨日の夜、LINEで海未に聞いたところ「そっくりだよ~」と返ってきたのでおそらく間違いない。 では、私のことをブスと言い始めた、いや、言い続けた人物は誰だ。そう、それは紛れもなく、私の兄である乙部魁だ。  ではなぜ私にブスと言うのか。兄は幼稚園から小野寺司と同じだ。しかも私の容姿をブスと言い始めたのもその頃だろう。  そして兄は私が小野寺司の告白されたことを知っていた。人目につかないとこで言われたし、私も誰にも言っていない。 ではなぜ兄は知っていたのだろうか。きっと小野寺会司のあとをつけていたのだろう。 これは私の推測に過ぎないがおそらく兄は小野寺司が好きだったのだ。だから自分と同じ顔をした妹、私が恋敵になることを恐れた。 私はそれに気づいたうえで小野寺の告白を受けた。私が兄に海未をとられたように兄の大切なものを奪ってやりたかった。  海未、あなたの好きな乙部魁は、あなたのことを好きになることはないよ。だから一生わたしのそばにいてね。あなたも私に一生、執着してね。  お兄ちゃん、海未はずっとずっと私のもの。海未も小野寺も全部私のもの。  今まで馬鹿にしてきた私に裏切られた今の気持ちはどう? 「(れい)、早く行こうよ~」 大好きな海未が呼んでる。美しいを表す嫌いだったこの名前もやっと好きになれた。   私の名前は乙部麗(おとべれい)。乙部魁の妹であり、清水海未の親友であり小野寺司の恋人だ。
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