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「白髪の男の名前はハーマン。年齢四十二歳で、以前はいくつもの船を抱えていた商人だ」
訊ねられたミハイルは、尋問のときのことが書かれた羊皮紙を見ながら答えた。
通り魔の首謀者だと思われる白髪の大男の名はハーマンといい、以前は貿易商人として海に出ていた成功者だった。
だが突然現れた海の怪物――赤鯨に襲われたことで、彼の人生は壊れていったようだ。
「なんだ、それで自棄になって魔法使いの逆恨み? 最悪じゃん、あのおっさん」
「いやそれが、一概にそうとは言えんのだ」
アリスの言葉を聞き、ミハイルが表情を曇らせながらも言葉を続けた。
赤鯨によって船も財産も左足さえも失ったハーマンは、あとにその怪物が魔法協会の研究によって生まれたことを知り、協会に復讐することを決めたらしい。
つまり今回の通り魔の事件は、魔法協会が原因で起きたということだった。
当然ミハイルは、その事実を協会上層部に報告した。
だがまるで相手にされず、世間にはただの通り魔事件で済ませるようにと伝えられたと言う。
その話を聞いたヨハンナは愕然とした。
普段あれだけ冷静な彼女が言葉すら出ず、両目を見開いて立ち尽くしてしまっている。
そんなヨハンナの反応に、ミハイルは俯いて何も言えずにいたが、アリスのほうはというと――。
「どうするヨハンナ? 上層部ヤツら全員殺す?」
いつもと何も変わらず、物騒なことを平然と訊ねた。
相棒の言葉でハッと我に返ったヨハンナは、表情をいつもの落ち着いたものへと戻して、アリスに答える。
「いえ、ワタシの気持ちにあなたまで巻き込むわけにはいかない」
「えッ? なんで? アタシも前から上層部の連中のこと嫌いだし。ヨハンナが殺ろうっていうなら今すぐやるよ。ちょうど上にいるんでしょ、あいつら」
彼女たちの会話を聞いていたミハイルは、慌てて顔を上げて二人の間に割って入った。
「何を言い出すんだお前たちは!? そんなことをしたら世界中の魔法使いから命を狙われるぞ! いやその前に、そもそもそんなことができると思っているのか!?」
ミハイルの言う通り、ここは魔法協会の本拠地アンシャジーム。
数百人の魔法使いが常駐し、騒動を起こせばそのすべてが敵に回る。
それをたった二人で戦うつもりかと、ミハイルはすぐに考えを改めるように言ったが、アリスが即座に返事をした。
「大丈夫だよ。だってアタシとヨハンナは無敵だし」
「俺が言いたいのはだな! 仮にお前たちが魔法協会を潰したとしても先がないってことだ! お前たち二人は才能もあり将来も約束されているのに、そんな一時の感情で人生を棒に振るなよ!」
「声がデカいよ、ミハイル。心配しなくてもあなたは殺さないから」
「そんなことを言っているんじゃない! 俺はお前らのことをだな!」
呆れているアリスと喚くミハイルを見たヨハンナは、クスクスと肩を揺らし始めた。
やがてはおかしくなったかと思うほど大笑いし始め、アリスとヨハンナは黙って彼女のことを見つめている。
「ククク……ワッハハハ!」
「おい、ヨハンナ!? こんなときになにを笑っているんだ!?」
「す、すみません。二人を見てたらなんだか面白くって……。安心してください、ミハイル。ワタシもアリスもそんなことしませんから」
ミハイルにそう答えたヨハンナは、それから自分の考えていることを聞いてほしいと言葉を続けた。
どうやら彼女なりに、二度と今回のような事件が起きないようにするための案があったようだ。
不可解そうにするミハイルと、なんだか嬉しそうにしているアリスに、ヨハンナは言う。
「協会内に、魔法の学園を創ります」
「はッ!? 今度は何を言い出すんだ、お前は!?」
声を荒げたミハイルのことなど気にせずに、ヨハンナは話し続けた。
彼女はずっと前から考えていた。
協会には魔法使いが大勢いるが、皆が守るべき道徳的規範がない。
ならばいっそのこと学校という形で、それを浸透させていくことができないかと。
魔法学園ではもちろん魔法やそれに伴う知識も教えるが、それ以上に人として最低限の倫理観を身に付けさせるのが、ヨハンナの目的だった。
「いいね~! ヨハンナならきっと最高の先生になれるよ!」
話を聞いたアリスが浮遊魔法で宙に浮きながら喜び、ミハイルのほうは開いた口が塞がらないようだった。
「賛成してくれると思ってました。もちろんアリスにもミハイルにも手伝ってもらいますから」
「おいヨハンナ! 俺を勝手に巻き込むな!」
「そんなこと言うなって~。ヨハンナもあんたを頼りにしてんだから、手を貸してあげなよ」
再び喚き始めたミハイルに、アリスが見下ろしながらそう言った。
それから二人はまたも言い争うように言葉をぶつけあっていたが、その様子を見ていたヨハンナは実に嬉しそうだった。
笑いながらヨハンナは思う。
進言でも暴力でも変えられないなら、自分たちが率先して行動すればいい。
時間はかかるだろうが、きっと現状を良くできると。
「さあ二人とも、これから忙しくなりますよ」
ヨハンナは向き合っているアリスとミハイルの肩をバシッと叩くと、さらに笑みを深くした。
そして数ヶ月後には、魔法協会内に魔法使いのための学園が誕生した。
〈了〉
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