02

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名もなき小さな町が燃えていた。 住居や酒場などに火がつき、そこら中から悲鳴が上がっている。 月の見えない夜に、突然この町は野盗に襲われたのだ。 住民の中には武器を持って戦おうとした者もいたが、野盗たちの放つ炎や雷などによって、近寄ることすらできずに殺された。 そう――野盗らは魔法を使えた。 持って生まれた魔力を放ち、人の力ではなしえない不思議なことを行う。 それは魔力を持たない者――魔法を使えない者たちにとっては脅威以外の何物でもない。 為す術なく蹂躙されていく住民たち。 これは世界がけして平等ではないことを教えてくれる――そんな残酷な光景だった。 「楽しそうだね~。アタシもまぜてよ」 そんな燃え盛る町の中、一人の少女が現れた。 年齢は十代半ば頃で、金髪のショートカットに碧眼――青い瞳をしている整った顔の少女だ。 黒いローブ、黒のショートパンツ姿で、着ているローブは閉じておらず、その下には袖がない白い布の服が見える。 野盗たちの誰もが少女の声を聞き、なんだガキかと薄ら笑いを浮かべたが、彼女の姿を見ると顔が真っ青になった。 賊の中の一人が声を漏らす。 「ア、アリス·セイクリッドラインズ……ッ!?」 その声を聞いた金髪碧眼の少女は、口元を三日月のようにして笑った。 アリス·セイクリッドラインズとは少女の名だ。 彼女は魔法協会という魔法の研究や悪用する者を捕えて処分するなどの活動をしている団体で、世界中の国と密接な関係を持っている権力組織の一員であり、協会からの依頼でこの町の周辺へと派遣されてきた。 野盗らが驚愕しているのは、アリスが魔法協会の中でもかなりの有名人だからである。 アリスは、十歳にして魔法協会に入ることが許された魔法使いだった。 彼女は生まれつき圧倒的な魔力量を誇り、さらにはすべての属性の魔法を鍛錬なしで習得した天才児。 歴代のどんな優秀な魔法使いと比べても、アリスに勝てる者はいないと言われている。 「アタシってわかってよかったじゃん。これですみませでした~って謝っても恥ずかしくないでしょ? まあ、抵抗くらいしてもらわないと、わざわざアタシが出張ってきた意味なくなるけどね」 野盗らの顔色が変わる。 一斉にアリスを囲み、それぞれ手を翳したり、詠唱を口にし始めていた。 そんな敵の姿を見た彼女は、三日月のようだった口元の笑みをさらに深くする。 「いいね~。盗みとかやってる連中には吐き気がするけど、意外と骨があるヤツが多いからそういうとこは好きだよ、アタシは。あと悪人なら殺しても誰も怒らないどころか、とっても喜んでもらえるとこもいいね~」 戦う気満々の野盗の態度に、アリスは実に嬉しそうだった。 それでも彼女は、ショートパンツのポケットに両手を突っ込んだままだ。 まるで「さっさと来いよ」とでも言いたそうな顔で、ただ野盗らの動きを待っている。 「撃てッ!」 野盗らの一人が叫んだのと同時に、アリスに向かって魔法が放たれた。 火球や稲妻が一斉に彼女を焼き尽くそうと襲いかかる。 だがアリスは笑みを崩さず、それらに向かって両手を伸ばしていた。 なんと彼女は火球を右手で叩いて返し、稲妻を左手で掴んでみせたのだ。 「なにビビッてんの? これからだよ、アタシの攻撃は」 アリスは、デタラメにもほどがあると怯んだ野盗らに対して、掴んだ稲妻を投げ返した。 それは何倍にも大きくなっており、一瞬にして野盗の半分が焼け焦げるほどだった。 焼死体となった仲間を見た野盗らは、まるで蜘蛛の子を散らすように彼女の前から逃げ去っていく。 風魔法の応用で浮遊し、一刻も早くこの場からいなくなろうと必死になっていた。 「おいおい、飛んで逃げるなんてズルいじゃん!? 殺すのが面倒くさくなるっでしょうが!」 散り散りになって逃げようとする野盗らを追いかけようと、アリスも浮遊魔法で空へと飛んだ。 だが先ほど彼女が口にしたように、バラけられると始末するのが億劫だ。 広範囲の魔法を使えば一瞬で消すこともできるが、あまり強力な魔法を唱えると、町に被害が出て後でさらに面倒なことになる。 さて、どうしたものかとアリスが考えていると――。 「まったく、遊んでるからですよ、アリス」 どこからか少女の声が聞こえ、気がつくと空に大きな鳥の姿があった。 鳥とはいってもニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ怪鳥――幻獣コカトリスだ。 コカトリスはバラバラになって逃げようとした野盗らの上から体当たりをし、全員を地面へと叩きつける。 ドシンという凄まじい着地音と共に、コカトリスの背中から降りた少女を見て、アリスが嬉しそうに手をたたいていた。 「いやいや悪いね、ヨハンナ。まさか飛んで逃げるとは思わなかったからさ」 ヘラヘラと悪びれる様子のないアリスに、少女はため息をついた。 彼女の名はヨハンナ·ウィンクルムレイン。 アリスとは同い年の幼なじみであり、魔法協会では相棒の立場にある少女だ。 その容姿は、黒髪のロングヘアーに、紫眼――紫の瞳をしたどこか影がある雰囲気で、アリスと同じ黒いローブ姿。 アリスとの服の違いは、黒のロングスカートであることとローブの前は閉じていることだ。 「報告ではかなりの使い手の集団という話でしたが、あなたはちゃんとミハエルの話を聞いていたんですか?」 「あれ? そうだったっけ? でもまあ、アタシとヨハンナだったら世界が相手でも負けないっしょ。だから敵のことなんか知らなくてもいいじゃん」 あっけらかんと言ったアリスに、ヨハンナはまたもため息をついた。 アリスが言ったことはお世辞ではない。 ヨハンナもまた十代にして魔法協会に入ることを許された魔法使いだ。 彼女は今では数少ない召喚魔法を習得している元農民の少女で、元々の魔力量の少なさを補うために、独学で絶え間なく精進してきた努力型の天才。 姓であるウィンクルムレインは、魔法協会の上層部の決定により、すでに亡んでいた召喚士の名家から名を与えられている。 魔法使いの名家出身であるアリスとは、生まれも魔法使いとしての経歴も逆といえるが、彼女たちはとても馬が合った(ちなみに性格も逆だ)。 町に平和が戻ったところでもう一度いう。 これは世界がけして平等ではないことを教えてくれる――生まれ持ったものの違いを表す戦いだった。 タイプの違う二人の天才であるアリスとヨハンナからすれば、いくら魔力を持った者であろうと普通の人間と大した差はない。 「世界とは、また大きく出ましたね」 「事実でしょ。アタシとヨハンナは無敵なんだから」 アリスがそう言うと、ヨハンナはやれやれと言いながらも笑みを浮かべる。 そして二人は、どちらからともなく右手を上げて、パチンと手のひらを叩き合った。
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