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03
――王都にある巨塔アンシャジーム。
皇帝が住む王宮よりも高くそびえ立つこの建物は、魔法協会の本拠地である。
この塔の内部には様々な施設や魔法の研究や調査から世界情勢を調べる部門まであり、協会の人間はここから指示を受けて活動を行っている。
その権力は凄まじく、各国を統治する王すらも決める権限を持ち、魔法協会の上層部の言葉は、そのまま世界を左右できるほどであった。
「相変わらずダサい塔だな」
「そんなこと言うものじゃないですよ、アリス。いくら古めかしいとはいえ、これがあるからこそ世界の平和は守られているのですからね」
金髪ショートカットに青い瞳をした少女アリスの言葉を、黒髪のロングヘアーに紫色の瞳を持つ少女ヨハンナが注意した。
彼女たちは町を襲った野盗らを殲滅したことを報告するため、魔法協会の本拠地であるアンシャジームへと来ていたのだ。
塔の前には衛兵のような見張りなどおらず、二人は人の三倍はあろう鋼鉄の扉を開けて中へと入っていく。
入ったところは大きな空間になっており、大きな声を出せば高い天井もあってよく響きそうだった。
そこにはアリスやヨハンナと同じく黒いローブ姿の者たちがひっきりなしに歩きまわっていた。
女性もいるがその多くが男性で、誰もが忙しそうだ。
もちろん十代という若さでこの塔に入ることが許されているのは、アリスとヨハンナ二人だけだ。
一応、地方にある協会の施設には、事務的な役割を担う人間で未成年者もいる。
だが、実際に現場へと向かって戦うのは彼女たちのみである。
「うげぇ、中も相変わらず忙しないな~。みんな、もっとラクすることを覚えればいいのに。もっと効率的なやり方っていうか、手を抜く方法とかさ~」
「誰もがあなたと同じ考えとは限らないんですよ。ほら、いつまでもそんな顔しないで、ミハイルのところへ行きましょう」
ヨハンナはうんざりするような顔をしているアリスの首根っこを引っ張り、二人は塔の奥へと進んでいった。
彼女たちに上層部から受けた仕事を与えている人物がいる部屋は、この塔の一階にある。
そのためアリスとヨハンナは、塔の上の階へと行ったことがほとんどない。
だが少なくともアリスのほうは、それでいいと思っている。
それは、いちいち階段を上るのが面倒だからというどうでもいい理由だ。
あと付け足せば、アリスとヨハンナは魔法協会の上層部のことをあまりよく思っていないので(上の階には彼らが住んでいる)、なるべくならば関わることなく仕事だけしていたいのもあった。
「おす、ミハイル。元気してる?」
「いつも言ってるだろう!? ノックぐらいしてから入れ!」
アリスが奥の部屋の扉を開けて声をかけると、中にいた男が声を張り上げた。
彼こそがアリスとヨハンナ二人と上層部を繋いでいる人物――ミハイル·クロンシュタットだ。
ミハエルは銀色の短髪に、緑色の瞳を持った背の高い細身の男で、一見すると頼りない印象があるが、まだ二十六歳という若さで将来の魔法協会を背負うと言われている優秀な人物である。
だが魔法協会の問題児である娘二人を押しつけられるような(アリスはいうまでもなく、ヨハンナも命令違反をよくやらかす)、協会内の苦労人でもある。
「そんな怒るなって、アタシらとミハイルの仲じゃん」
「なにか見られて不味いことでもしてたんですかね」
「いやいやヨハンナ。ミハエルも独身の若い男だもの。他人に見られちゃマズいことなんていくらでもあるよ。たとえばこっそり持ち込んだ肖像画の女神さまに胸や股間をふくらませて……」
「仕事中に最悪ですね」
「お、お前らなぁッ!」
ワナワナと身を震わせている銀髪の先輩を見て、アリスとヨハンナはクスクスと笑っている。
彼女たちはいつもこうやってミハエルをからかうのが日課というか、恒例となっていた。
「ジョーダンだよ、ジョーダン。とりあえず仕事が終わったからその報告にね」
「町の被害のほうは、建物の火災とあとは襲撃者らに立ち向かった人が数人殺害されています」
「というわけで報告終わり。アタシらは帰らせてもらうよ。ねえ、ヨハンナ。帰りに寄っていきたいとこあんだけど」
「どこですか? 買い物なら昨日も一昨日も行きましたよね」
「それが朝ちょっと小耳にはさんだんだけどさ。今王都に世間で話題になってる吟遊詩人が来てるらしいよ」
「それはミーハーなワタシとしてはぜひ行かねばなりませんね」
アリスとヨハンナは、仕事後の話をしながらミハイルのいる部屋から出ていく。
特に就業時間が決まっていないのもあって、帰れるときはさっさと帰るのが魔法協会でのスタイルだ。
だがそんな帰宅する気満々だった彼女たちのことを、ミハイルが呼び止めた。
「え~まだなんかさせるつもりなの? アタシらこれから吟遊詩人を観に行きたいんだけどぉ。というかミハイル仕事頑張りすぎじゃない。もっと楽にやろうよぉ」
わかりやすく嫌そうな顔をしたアリスに、ミハイルは顔をムッと強張らせながら言う。
「吟遊詩人ではないが、この仕事も世間で話題になってる件だぞ」
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