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05
――無事に世間で話題になっている吟遊詩人の歌を聴いたアリスとヨハンナは、遅めの昼食を取っていた。
外では陽が落ちかけているのもあって、これから仕事に入ることを考えると夕食も兼ねた食事だ。
彼女たちとは反対に仕事を終えた労働者たちが集まる酒場で、二人は適当な肉料理を堪能する。
「お姉さん、あとこっちに葡萄酒を二人分お願いね」
「アリスったら、ワタシたちはこれから仕事ですよ」
「いいじゃんいいじゃん。どうせ通り魔ってのも大したことないって。そんなことよりも話は吟遊詩人だよ! アリスはどうだった!?」
「あの結末には驚かされました。恋愛譚かと思ったらまさかの復讐譚でしたね」
「だよね! バッドエンド最高フォーッ!」
二人は店員の女性が持ってきた葡萄酒をグイッと飲みながら、先ほど観た吟遊詩人の話で盛り上がっていた。
彼女たちは十六歳とまだ未成年だが、この世界では酒を嗜むことに年齢は関係ない。
とはいっても魔法協会の人間で仕事前にアルコールを飲むのは、彼女たちくらいだ。
こういうところもアリスとヨハンナが問題児扱いされるところであるが、これまでに仕事で失敗したことがないのもあって、ミハイル以外に彼女たちを注意する者はいない。
吟遊詩人の話で盛り上がり、食事を食べ終えた二人は酒場を出て夜の街へと歩き始める。
陽が落ちたとはいえまだ遅い時間ではなかったが、人通りは少なかった。
これはおそらく、このところ通り魔が出ると知られているのもあるのだろう。
酒場で盛り上がっていた他の客たちも、葡萄酒と食事を楽しんだ後は早々に帰宅していた。
「王都だってのにこの静けさ……。こりゃ通り魔事件って、アタシらが想像していたよりも深刻だったのかな?」
「ここは平民でも裕福な人が多いですからね。魔力があるないに関わらず、勘違いで襲われたら堪らないといったところでしょう」
普段なら深夜まで活気のある王都の街がすっかり寂れていることに、アリスとヨハンナは警戒を強めていた。
だがむしろ人気がないのは、彼女たちにとって好都合。
夜道を歩いているのが自分たちだけならば、当然、通り魔の集団も狙ってくる。
餌、囮と言い方はなんでもいいが、今夜は被害者を出さなくて済みそうだ。
「ねえ、ヨハンナ。いつまでも二人でいるのも効率悪くない?」
しばらく街中を歩いていると、アリスがヨハンナに提案した。
ここは二手に分かれたほうが、通り魔も襲ってきやすいのではないかと。
たしかに若い女が夜道を一人で歩いていれば、たとえ通り魔でなくとも狙ってきそうなものだ。
だが問題は、通り魔が集団ということだ。
どういうやり方で人を襲っているのかはわかっていないが、軽はずみに一人で敵と対峙するのは危険だと思われるのだが――。
「そうですね。ここらで別れますか」
ヨハンナはアリスの提案を受け入れ、それぞれ別行動することにした。
彼女たちには自信があるのだ。
たとえ通り魔が集団で襲って来ようが、自分たちならば一人でも撃退できる。
そして、それはそのまま互いの相棒に対する信頼も表していた。
アリスなら――。
ヨハンナなら――。
たとえどんな相手だろうと、絶対に負けないと。
「じゃあ、さっさと捕まえて飲み直そう。まだまだ吟遊詩人のこと話し足りないし」
「敵の姿も手口もわからないのに、もう終わった後の話ですか。まあ、アリスらしいですけど」
「だってアタシの実力は魔法協会でトップクラスだし、そんなアタシに勝ったことがあるヨハンナは協会内で一番でしょ。そんな二人を相手に勝てるヤツなんていないもん」
「ワタシがあなたに勝ったのは子どもの頃の話で、今なら……いや、そうでしたね。ワタシたちは一番でした」
そう言いながら笑みを交わし合った彼女たちは、互いに背を向けて別の道を歩き始めた。
彼女たちの行動を見て、油断、慢心と人は思うだろう。
実際のところ、魔法協会にこんな仕事の仕方をする者はいない。
効率よりも確実に敵を仕留める仕事をする。
だがアリスとヨハンナが自らの力を過信するのも仕方がない。
なぜならば、片や魔法使いの名家であるセイクリッドラインズ家の出身で、さらには生まれついての圧倒的な魔力量を誇り、すべての属性の魔法を鍛錬なしで習得した天才。
そしてもう一方は、農民の子でありながら召喚魔法をという希少な才能を持ち、元々の魔力量の少なさを補うため、独学で絶え間なく精進してきた秀才。
そんな二人に勝てる魔法使いの存在は、今のところ魔法協会内にはいないとされている。
誰でも若いときほど単純な能力だけで人間の器を測りがちだが、それにしてもアリスとヨハンナの力は、魔法使いの常識を逸脱し過ぎていた。
その慢心に見合うだけの実力と知識を、彼女たちは持っているのだ。
二人ならできないことは何もない。
腐敗しつつある魔法協会だって、近いうちに変えてやる。
それは口にこそ出していないが、ヨハンナが互いに思っていることだった。
以前に、彼女たちのお目付け役であるミハイルが二人に訊ねたことがある。
上層部からいつまでも問題児扱いされたままで、お前たちは一体どうするつもりなんだ?
そのままでいいのか?
もっと協会内で上に行きたくないのか?
ミハイルは真剣な態度で訊いた。
彼なりにアリスとヨハンナの将来を心配していたのだろう。
だが二人は、ミハイルにこう答えた。
自分たちはすでに一番だと。
その言葉を聞いて以降、ミハイルは二人を心配するのをやめ、彼自身も出世に興味を失った。
「通り魔を見つけたら合図……っていうか、倒してから合図をしたほうがいいかな?」
「どちらでもいいでしょう。まあ、なにかあれば派手に知らせますよ」
背中を向け合って進んでいくアリスとヨハンナは、そう言って別れた。
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