07

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――アリスが王都の広場で通り魔の集団を倒した頃。 ヨハンナは町の裏通りを歩いていた。 当然、人気(ひとけ)はなく、狭い道には彼女だけだ。 だがヨハンナは、なにやら禍々しい魔力を感じていた。 彼女はアリスには悪いが自分のほうが当たりを引き当てたと思い、つい口元を緩めてしまう。 「早く出てきなさい。そこにいるのでしょう。あなたが狙っている魔法使いならここにいますよ」 足を止めて、周囲に聞こえるように声を発したヨハンナ。 するとカツンカツンという音と共に、禍々しい魔力を放っていた者が現れた。 「気付いた奴は始めだな。まだかなり若そうだが、大したものだ」 黒い刃の大剣を背負った筋骨隆々の大男。 ヨハンナからは大男の年齢は四十くらいに見えたが、その髪の色はまるで老人のように真っ白だった。 そんな特徴よりも彼女の目を引いたのは、大男の左足が義足だったことだ。 その大きな体を支えるには随分と頼りない、細い金属の義足。 背負っている禍々しい魔力を放っている大剣と、返ってきた言葉からこの男が通り魔で間違いはないはず。 だがヨハンナは、まさか通り魔が欠損者だとは思ってもおらず、男の姿に面食らっていた。 そんな彼女に男は言う。 「去れ、小娘。今回は見逃してやる」 「……ワタシの勘違いでなければ、あなたは魔法使いを狙う通り魔だと思うのですが、去っていいという理由を訊いてもよろしいでしょうか?」 不可解そうにしつつも落ち着いた様子で訊ねたヨハンナに、白髪の大男は答えた。 魔法使いとはいえ、できることならば女子供を手にかける真似はしたくない。 見なかったことにするから今すぐ目の前から消えろと、ヨハンナに背を向けて大男はその場から去ろうとする。 そんな男の後ろ姿を見ていたヨハンナは、何か腑に落ちないといった表情を浮かべたが、すぐにその口を開いた。 「待ってください。もしかして、あなたは事情があって通り魔をしているのですか?」 「どうしてそう思った?」 白髪の男は足を止めて訊ね返したが、ヨハンナに背中を向けたままだ。 その態度から、ヨハンナはやはり何か事情があるのではと、大男に返事をする。 「あなたが魔法使いを襲う理由はわかりませんが、女性や子供には手を出さないというのは、何か事情があるとしか思えません」 「俺は言ったはずだ。できることならばとな」 振り返った白髪の大男は、背負っていた大剣を手に取った。 そしてその漆黒の刃をヨハンナに向けると、去らないのならば殺すと静かに言った。 対するヨハンナは、白髪の男に応えるように身構える。 「こう見えても一応、魔法協会の人間なので、あなたを見逃すわけにはいきません。事情は後で聞かせてもらいます」 「そうか……。なら死ね」 大剣を振り上げて向かってくる白髪の大男。 ヨハンナはすぐに距離を取り、召喚魔法を唱えた。 石畳の地面に魔法陣が現われ、そこからニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ鳥――コカトリスと、ジャージ種を思わせる柄を持った牛――アウズンブラが出現する。 コカトリスのサイズが以前よりも小さいのは、ヨハンナの匙加減でその大きさを変えられるからだ。 狭い路地裏で二匹の幻獣が、大男へと突進していく。 「召喚魔法か、初めて見るな。だがッ!」 白髪の大男は二匹を漆黒の大剣で振り払うと、一気にヨハンナとの距離を詰めた。 「召喚士など近づいてしまえば無力だろう! もらったッ!」 漆黒の大剣が、ヨハンナの首をはね飛ばそうと振られた。 白髪の大男はその大きな体や義足からは想像ができないほどの速度で剣を振り、もはやヨハンナの首は斬り飛ばされるかと思われた。 だがそのとき路地裏に、まるで金属同士が衝突したような凄まじい衝撃音が鳴り響く。 「そんな子供でも知っている弱点を、鍛えないでいるとお思いですか?」 「こいつッ!?」 なんとヨハンナは、自分の体よりも大きな剣を素手で受け止めていた。 彼女は召喚士でいながらも、魔力を体に纏う格闘術を身に付けている希少なタイプだったのだ。 その技術は、自分に合わないスタイルを変えるために長い鍛錬から得たもので、ヨハンナは今でも欠かさずに稽古を続けている。 ちなみにそんな彼女の影響で魔力を使った格闘術をやってみたアリスは、ものの数秒で彼女と同じ技術を会得している。 たった一度ぶつかっただけでヨハンナの実力を理解した大男は、彼女から距離を取る。 「トリス! アウムーラ!」 しかし、振り払ったコカトリスとアウズンブラ二匹が、ヨハンナに名を呼ばれてそれぞれ側面から男を襲う。 左右から挟まれるように突進された男は苦痛の表情を浮かべながらも、二匹の幻獣を大剣で吹き飛ばした。 ニワトリとウシの幻獣はそのままヨハンナのいるところまで下がり、それぞれ呻くように鳴きながら男のことを見据えている。 「下がっても近づいても囲まれる……。しかし、まさか召喚士でここまで腕っぷしが強い奴がいるとはな。護身の域を超えている」 「お褒めの言葉をどうも。先ほどのあなたの台詞じゃないですが、ワタシとしても抵抗を止めてもらえると助かるのですが」 ヨハンナはできる限り低姿勢で白髪の大男にそう言ったが、男は再び剣を構えた。 どうやら彼女の実力を知ってもまだ戦うつもりのようだ。 そんな白髪の大男を見たヨハンナは、やれやれとボソリと呟くと、従えている二匹の幻獣と共に身構える。 「腕っぷしの強さには驚かされたが、それでもお前に勝ち目はない」 白髪の大男がそう言うと、男の持つ漆黒の大剣から、どこか悲しさを感じさせる音が鳴り始めた。
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