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09
吹き飛びながらも、白髪の大男は驚きを隠せない。
たしかにその胴体を魔剣で貫き、空いた腹の穴からは血が噴き出ていたはずだ。
あれで命があるはずがない。
「戦いの最中に考え事ですか? 感心しませんね」
「小娘ぇッ!? なぜ貴様が生きている!?」
「アウムーラ! トリスにつないで!」
ヨハンナは、幻獣二匹に向かって声を張り上げた。
吹き飛ばされた白髪の大男の先には、ジャージ種を思わせる牛の幻獣アウズンブラが今か今かと待ち構え、飛んできた男の体を体当たりで打ち返す。
まるで風に吹かれる藁の塊のように元の場所へと飛ばされた大男。
そこには当然ニワトリの頭部、竜の翼、蛇の尾、黄色い羽毛を持つ鳥――幻獣コカトリスがいる。
コカトリスは打ち返された白髪の大男に向かって思いっきり首をひねり、頭突きで男をアウズンブラがいない方向――ヨハンナのほうへと吹き飛ばした。
来るとわかっていたヨハンナは、右の拳に魔力を纏い、そして大男に向かって口を開く。
「さっきの質問に答えましょう。ワタシは魔力量が普通の人よりも少ないんですよ。だから様々な種類の魔法を覚えて、少しでも強くありたいと日々精進しているんです」
「まさか自分に蘇生魔法を使ったというのか!?」
声を張り上げながら吹き飛んでくる大男に、ヨハンナは自嘲気味に笑って返す。
「そんな凄い魔法、ワタシなんかにできないですよッ!」
ヨハンナは、吹き飛んできた白髪の大男に向かって、地面に叩きつけるように拳を振り抜いた。
輝く拳が大男の後頭部に直撃し、石畳の道に男の大きな体がめり込んで、周囲に凄まじい破壊音が鳴り響く。
「せいぜい初歩的な治癒魔法くらいです。おかげで息をするだけで苦しい……」
完全に動かなくなった白髪の大男を見下ろし、腹部を気にしながらそう言ったヨハンナ。
アリスは魔剣の効果が切れたのもあって、全身が血塗れ彼女のもとへ浮遊魔法で飛んでいく。
「ったく、魔法を使えなくするなんて面倒な奴だったね~。ちょっと待ってね、ヨハンナ。すぐに治してあげる」
「ええ、助かります」
アリスが手をかざすと、ヨハンナの体を眩い光が包んで傷が癒えていった。
ヨハンナとは違い、アリスの治癒魔法は蘇生魔法レベル並の効果があるので、受けた傷がすべて塞がる。
だが流した血を失った体力は戻らないので無理はできないが、戦いは終わったので二人の顔は緩んでいた。
ヨハンナが召喚したコカトリスとアウズンブラも子犬ほどの大きさになって、二匹して彼女たちの周りではしゃいでいる。
「しかし、また派手にやりましたね、アリス……」
二人は戦いの場となった路地裏を見回した。
焼け焦げ、突風でボロボロになった壁に、石畳の地面は原型がないほど歪んでいる。
さらにはそこら中が水浸しだ。
いくら通り魔を捕まえるためだったとはいえ、この被害状況をミハエルが知ったらと思うと、あまり喜んではいられない。
「う、うん。こりゃミハエルになにを言われるのやら……」
「一緒に謝りましょう。まあ、許してくれないとは思いますけど……」
それからアリスとヨハンナは、捕らえた白髪の大男たち通り魔の集団を魔法協会へと連行した。
白髪の大男以外の四人は、定職についていない者たちだった。
魔法協会がある王都のような都市では農業技術や商業ルートの発達で経済成長が促され、地方から都市にどんどん人が流れ込むようになる。
そういった中には商売や投資で大成功する者も現れるが、逆に失敗して落ちぶれる者も出て貧富の格差が広がる。
また王都には大学や神学校が設立されているため、これもまた地方から若者が押し寄せることの理由だった。
これら田舎からやってきた貧者と若い学僧だったのが、彼らの素性だ。
学僧は全員が真面目に勉学に勤しむとは限らず、勉強そっちのけで遊んでばかりの若者が大半を占めていた。
彼らは若いが故、恋をしたり喧嘩をしたり、酒を飲んで暴れ、博打を打って女を買う。
それで、借金を抱えたり仲間から締め出されたりして、そのコミュニティに居づらくなってフラリと姿を消してしまう。
そこから身を持ち直して真面目に働く者もいただろうが、その多くが堕落していき、さらには裕福な者に復讐にも似た嫉妬や妬みの感情を抱かせた。
大都市には、そういう学僧崩れや貧乏人が盗賊、いかさま師、贋作品売り、乞食など都市のならず者になることが多い。
ミハイルが尋問したところ、彼らが先に述べたならず者ではなく通り魔となったのは、偶然知り合った白髪の大男から誘われたからだそうだ。
社会の成功者である魔法使いを、それ以上の力を持つ魔剣で一方的に攻撃するのはさぞ気分がよかったことだろう。
しかしそんなことをしても人生は好転しない上に、さらに破滅していくだけだということを、通り魔の男たちは、捕まって初めて理解できたはずだ。
「ふーん。それで、あの白髪のヤツは何者だったの?」
「あの人がおそらくリーダー。複数の魔剣を所持していたところからして、ただならず者ではなさそうですが」
ミハイルから話を聞いたアリスがどうでもよさそうに言い、ヨハンナは今回の事件で彼女が一番知りたかったことを訊ねた。
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