チャプター4

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チャプター4

「いっそ、地球が滅ぶような研究をしてるなら退屈も紛れるだろうけどな」 「なに、研究が上手くいってないの」 「おれは研究が上手くいこうが、上手くいくまいがどうでもいいよ。新しい粒子を見つけたからって世の中の何が変わるんだよ」 「いや、でも宇宙の成り立ちが分かるとかいうじゃん」 「もう既にあるものの成り立ちなんて知ってどうするんだよ」  一気に直道の発言は愚痴に傾き、兄はその聞き役にまわった。ちなみに、兄にも守秘義務のために本当の研究内容は明かせない。 「仕事、つまんないか?」 「つまんないよ」 「じゃあ、いっそ辞めたらだろうだ」 「辞めたところでやりたいこともないんだよな」  兄の問いかけに立てつづけに直道は否定の言葉を吐く。 「兄さんは小説書いて好き勝手してるからいいよなあ」  そのせりふには、兄の返しに間が空いた。 「好き勝手になんてできる訳ないだろ。自分の意に沿わないことを書かされることなんて珍しくないし、編集者としての能力がない人間だって相当数いる。人間が社会で生きてたら、何かしらのしがらみからは逃れられない」  彼はやんわりと直道を諭す。「他の業界に比べれば融通の利く部分もあるけどな」とつけ加える兄の言葉を聞きながら、出版業界にも自由はないのか、と直道はため息をついた。  自分に文才があるとは思っていないし、プロになれるほどの努力をするモチベーションもない。けれど、世の中のどこかに現在のような悩みと無縁の場所が存在して欲しいというのが直道の本音のところだった。 「ところで、お前はいい加減に彼女はできないの」「母さんみたいなこと言うなよ」  兄の疑問に直道は顔をしかめる。実は、兄には同業者の結婚相手がいる。子どもはまだだが、二人の仲はそれなりに上手くいっているらしい。 「知り合いの女性、紹介してやろやろうか?」 「それは、絶対に遠距離恋愛決定だよね」  直道は怨嗟の念を込めて言葉を返した。兄は上機嫌に笑う。 「そういえば今度、研究者が主人公の小説を書くから取材させてくれよ」 「別にいいけど」 「まず、年収は?」 「絶対、初めにする質問じゃないよね」  兄のからかい口調に直道はいらだった声を出した。結局、その後も兄に翻弄されっ放しだ。愚痴を言うために電話したのにこれでは何のためだったのか分からない。
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