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チャプター6
イタリアンのレストランで愛加は実の母と食事を共にしていた。
父と母が離婚してからもう随分と時間が経つが、親子としての意識は薄れることはない。
「あら、ないわね」
「どうしたの?」
斜め向かいの椅子に置いた鞄を漁って独りごちる母にたずねる。
「路上で可愛い子猫を見つけてね写真を撮ったから見てもらうと思ったんだけど、スマホを忘れてきたわ」
いけないわね、最近忘れ物ばかりなの、と母は言葉を重ねた。
「歳かしらね」
「まだそこまでの歳じゃないでしょ」
微笑する母に愛加は苦笑を向けた。
「でも、ここまで娘の成長を見届けることができて私は満足なの」
「また、そんなこと言って」
いつになく弱気に思える母に愛加は悪戯っぽい声を出す。
「旦那さん、さらに子どもさえ見られたらもっと満足なんだけど」
だが、母が続けて発したせりふに愛加は顔をしかめる羽目になった。
「それが言いたかったの」
「別にそういう訳じゃないけど」
母も後ろめたさがあるのか語気を弱める。
「以前、あなたは酷い目に遭ってるし、無理はして欲しくないから」
「うん」
母の言う“酷い目”とは彼氏にDVをされ別れたらストーカーされたことだ。あのとき、母は側にいられないことを口惜しく思い歯噛みしていた。だが、当時の愛加にはそんな母の思いに気づく余裕はなく一時、口喧嘩して疎遠になったりした。
「そういう人はいるの?」
「いない」
愛加は若干の申し訳さなとともに首を左右にふる。
と、そこに母とは反対の椅子に置いたバッグからスマホの着信音が響いてきた。誰だろうか、と思いながら「出るね」と母に告げて電話に出た。
『お義母さん、怒ってるよ』
妹の第一声にしっまった、と思った。夕飯が要らないときは連絡することになっていることになっていたのだが、今日はそれを忘れていた。
「今日、お母さんとの食事なのよ」
『そんなのあたしに言われてもさあ』
妹は不満げに応じる。だが、わざわざ連絡してきたのは母と愛加の間を気づかう配慮からだと知っていた。
『じゃあ、お義母さんに忘れずお土産買ってきなよ』
「うん、そうする」
こういうとき気のまわる妹の助言に愛加はうなずいた。
「それじゃあ」と通話を切る。
「夕飯要らないってお義母さんに言うの忘れてて」
「それはいけないわね」
愛加の言葉に母は笑った。
「そういえば、いい人はいないけど、気になる人はいるの」
「あら、いいじゃない」
娘の発言に母は嬉しそうに顎を引く。
「落とし物をしたこき、一緒になって探してくれたの」
その人の名前は、と愛加はつづけた。脳裏にそのときの光景が甦る。
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