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アエシャはサフィアに裾の長い美しい純白の衣装を与え、テラスに2人分のお茶の用意をした。
「魔王様はすべてをご存知です。そこに大天使カシアスが絡んでいることも」
「そうか」
「今回のことで天界とこちらとの間に軋轢が生じるようなことはないと仰っていましたが、魔王様はあなた様とサフィア様の身を案じ、ほとぼりが冷めるまで人間界に身を置くようにと」
「父上が俺と、サフィアを」
テラスのソファに座り、片腕にサフィアを抱き寄せたヴァルクトがそう言うとアエシャが頷く。
「おふたりに万一のことがあってはならないと。それに、ただここに留まっていては退屈だろうから、ひとつ遣いを頼まれてくれと」
「遣い?」
「ええ。人間界に散りばめられた黒涙の石を集めてきてほしいと」
「黒涙の石?」
「怒りや絶望、憎しみや強い悪意、嫉妬など、人間が持つ負の感情が最大限にまで達した時に、涙とともにごく稀に生み出される漆黒の宝石です。魔王様はそれをご所望なのです」
ヴァルクトはそれを聞いて少し考えてから口を開く。
「どうやって探す」
「黒涙の石の在処はサフィア様ならわかるはずだと」
「サフィアが?」
それを聞いてサフィアは目を丸くする。
「サフィア様は生まれながらにして大病を患い、絶望と諦めと悲しみの感情とともに生きてこられた。そして天界に連れていかれようとした時に強い嫌悪から自らの手で天使の羽を焼き切ったほどのお方です。だから」
アエシャはサフィアを見つめて続けた。
「サフィア様はその御身の中に黒涙の石を持っていらっしゃると」
「サフィアと黒涙の石は共鳴するというのだな」
アエシャはヴァルクトに頷いてみせた。
「特に期限はないし、黒涙の石は特別希少な宝石なので、ひとつでも持ち帰ることが出来れば大したものだと仰っていました。あくまでもついでだからと」
「父上は俺たちをただ漠然と人間界に送り出すより、何か目的があった方がいいだろうというお考えなのだな」
アエシャは黙って頷いた。
「わかった。父上のお心遣いに感謝しつつ、その宝石を見つけて来よう。ふたりで」
腕の中のサフィアを見つめながらヴァルクトがそう言うと、すぐにアエシャが付け加えた。
「いいえ、3人で、です。私も目付け役を命じられましたので」
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