舞踏会での出会い

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舞踏会での出会い

 世の中、溺愛が流行っている。  それは貴族も平民も関係ない。  男性は女性をお姫様のように扱い、その瞳にその相手しか映さない。まっすぐな瞳で見つめ、指先にキスを落とし、ひざまずいて愛を囁く。 「はあ……」  思わずため息を溢しても、誰も気にしない。  だって皆、相手のことしか見ていないから。  今日の舞踏会は殆どの人が婚約者や恋人、夫婦で連れ立って参加している。もちろん私も婚約者と参加しているのだけど、その婚約者は到着するとすぐに知り合いの紳士方と合流し、シガールームへ移動してしまった。 「……はあ」  無意識にまた溢してしまった私のため息は、シャンデリアの煌めくホールへと吸い込まれていった。  ルーカス様は幼い頃に決められた私の婚約者だ。親同士に交流があり、自然と決まった。政略結婚だとかそういうものではない。ただ、なんとなく。  黒髪に青灰色の瞳の七歳年上の婚約者は、子供の頃からほとんど笑わない人。鼻筋が通り切れ長な瞳、やや薄い唇は冷たい印象を抱かせる。  そして騎士団に所属しているだけあって、他の人よりも高い上背、広い肩幅で平均より小さめな私を見下ろしてくるその様は、威圧感がすごい。それで笑わないのだから、怖いと感じて萎縮してしまうのも無理はないと思う。  会話もあまり盛り上がらず、二人で顔合わせをする時などは一時間がものすごく長く感じる。カチャカチャと茶器の触れる音だけが響き、その音が気になり神経を使うようになったお陰で、私のお茶会での所作は大変褒められるものになったけれど。  彼は決して私が嫌いなのではない。……多分。誕生日の贈り物や、毎日のように届くその日のお花、一言だけ添えられるメッセージカード。  ――気に入ったようなのでこの花を温室で育てている  ――寒くなってきたから身体に気を付けて  ――紅茶をありがとう。美味しかった  マメな人なのだ。それは良く分かっている。 「はあ……」  もう一度ため息をついてグラスの中を飲み干した。もう、食べるか飲むかしかすることがない。  おかわりを貰おうとあたりを見渡すと、ホールの反対側の入り口から紳士方と連れ立ってルーカス様が戻ってくるのが見えた。  濃紺の隊服は式典用のもの。いつもより多く勲章を胸から下げ片側だけに纏ったマント、白い手袋。長い黒髪を後ろにひとつにまとめた姿に頬を染める令嬢もいる。 (よかった、このまま踊らずに帰るのかと思ったわ)  せっかく来たんだもの、ダンスは踊っていきたい。  それに今日は、彼が贈ってくれたドレスを着てきたのだ。彼と色を揃え、贈ってくれたアクセサリーも身に付けている。  支度を手伝ってくれた侍女たちが、口々に私の髪と肌色にあった素晴らしいドレスだと褒めてくれたけれど、もちろん彼からは何も言われていない。  そもそも、私の姿を視界に入れていないのではないかしら。普段からあまり目が合わないのだ。私が何を着ているのか気にしたこともない気がする。  婚約者の務めとして最低限の贈り物をしているだけだとしたら?  ドレスもアクセサリーも、彼が選んだとは限らないのでは?  うつむいてドレスに視線を落とす。特に美しいわけでもない顔に、どこにでもいる平凡な髪色の私になんて、似合うドレスがあるのかも良く分からない。 (あ、やだ落ち込んじゃう)  いけない、と思い顔を上げると、ホールに入ってきたルーカス様はどこかの美しい令嬢と話していた。その様子はまるで仲睦まじい婚約者同士のよう。  なぜなら、  ……笑ってる。  ショックとか嫉妬とかではなく、ものすごく驚いた。そう、驚いた。 (え、笑えるの? 笑えるのね?)  知り合いの紳士と話している時に笑顔を見たことはあるけれど、令嬢とあんな風に柔らかく笑って話が出来るなんて知らなかった。  なんなら女性が苦手なのかと思っていたくらいだ。  私には一度も見せたことのない笑顔。優しく柔らかく、その人だけを見つめている。  私のことは視界にも入れないのに。  なんだか胸の内に靄がかかりそうになって、慌てて蓋をする。  彼は私よりも年上の大人の男性なのだ。きっと知り合いのご令嬢だって多くいるはず。  こんなこと、私がとやかく言うことではないわ。    あんな風に女性と話せるなんて、やればできるのね、なんて見当違いな感想を抱いて感心していると、目の前の視界が塞がれた。  顔を上げると、見たことのない金色の髪に深い緑の瞳の紳士が私を見つめて微笑んでいた。
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