甘くなりすぎ

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甘くなりすぎ

「ルーカス様……っ」  シャンデリアの煌めくホール、美しく音楽を奏でる楽団、クルクルと回る美しく着飾った人々。  ルーカス様の腕の中でくるりと回り引き寄せられて、すぽんとその胸に顔を埋めてしまった。 「どうした?」 「あ、あの、なんだかとても近い気がします……っ」  踊るのに、こんなにくっつく必要ってあるかしら…!?  見上げるととろけるような青灰色の瞳が私を見下ろしていて、恥ずかしさのあまりパッと視線を逸らしてしまった。 「踊りにくいか?」 「ど、どちらかと言えばそうかもしれません……!」  ピッタリと密着した身体は逞しいルーカス様の筋肉を感じるほど。それが余計に恥ずかしくて少し、少しだけ離れたいのだけれど、腰に回された手がそれを許してくれない。 「今まで君をちゃんと支えることができなかった。これからはしっかりと俺が支えよう」 「そ、それはとても嬉しいのですけど!」  なんだか周囲の視線も生ぬるい気がするのに、ルーカス様は全く気にしていないご様子。  本当に、こんな方だったなんて全然知らなかったわ! 「そ、それにしてもあの、ノア様とエイヴェリー様は本当によかったですね!」  私たちとは少し離れた場所で、二人手を取り見つめ合いながら踊る姿を見て、思わずほおっとため息が漏れた。  今日はマダムオリビアで仕立てたというドレスを身に纏っているエイヴェリー様。  銀色の美しい髪を背中に垂らし、そこから覗く大胆に開いた美しく真っ白な背中。  淡く薄い緑のチュールドレスはノア様の瞳の色なのだろう。サラサラと流れるようなチュールはエイヴェリー様を今日の主役として十分に引き立たせていた。  見つめ合いほほ笑むお二人。時々顔を寄せ合ってクスクスと笑う姿に、見ているこちらがくすぐったくなるほど。    誤解が解けた二人は、今後パートナーとして互いに支え合って生きていくと私たちに話してくれた。今夜の夜会は、ごく親しい人たちだけを招いた、言わばノア様とエイヴェリー様の婚約発表のようなもの。  お二人のダンスを見守る侯爵夫妻の嬉しそうなお顔に、とても良い関係を結んでいるのだと心がふわふわと嬉しくなる。 「とっても素敵なドレスだわ」 「俺の色を纏った君のドレスもとても美しい」 「も、もう! ルーカス様ったら!」 「君の素肌を晒さずに済むのだから、今後もマダムにドレスを依頼しよう」 「す、素肌って……」  首から全てレースで覆われた私のドレスは全身ルーカス様の色をしているもの。身体の線を拾うような作りのドレスは、マダム曰くとても妖艶なんだとか。妖艶。 「君の美しい肌を他の男に見せるつもりはない。それでも着なければならないと言うなら」  ルーカス様はそっと耳元に口を寄せると低い声で私にしか聞こえないように囁いた。 「……俺のしるしを丁寧につけなければな」 「……!」  その声に、思わず肩をぎゅっと竦めてしまう。  顔が熱くて、慌ててルーカス様の胸で隠すように顔を伏せた。頭上からなんだかうれしそうな声が聞こえるのは気のせいかしら! 完全に揶揄われているわ!  落ち着いて、ダフネ。話題を逸らしましょう! 「あ、あの、ルーカス様はどうやってマダムオリビアのお店を知ったのですか?」 「俺が騎士団に入ったばかりの頃、辺境に訓練で赴いたことがあっただろう。その時に指導して頂いた隊長がマダムの店の出資者だと思い出したんだ」 「わ、わざわざご連絡を取ったのですか?」 「そうだ。ララからドレスを贈るならそれくらいしないとダメだと言われた。俺の色のものをちゃんと贈れと」 「ララ様が……」  今日はララ様もこの夜会に参加している。  社交界ではララ様とルーカス様の従兄弟の駆け落ちは大変有名らしく、ノア様が叙爵されるのなら交流を持った方がいいだろうと誘ってくれたのだ。 「あのルーカスの頭をホールの真ん中で叩いてダフネを追いかけさせたんだ。僕はすごくいい人だと思ったんだよね」  ララ様のことをそんな風におかしそうに笑っていたノア様。  今回のような閉ざされた会でごく少数の方と知り合いになった方が、ララ様の負担も少ないと思う。  やっぱりノア様は優しい方なのだ。  ララ様はあの後すぐ、ルーカス様と一緒に屋敷にやって来た。  私に対してなんの説明もなかったことを知り、ララ様はものすごく困惑し怒ったのだとか。  何故かルーカス様と一緒に私に頭を下げ、言葉の少ないルーカス様の後頭部をパシンと叩いて怒る姿を見て、可笑しくて声を出して笑ってしまった。それだけで十分、二人の関係が分かるというもの。  今は大切な友人の一人だ。 「ふふっ」 「……なんだ?」 「いいえ、ちょっと……ルーカス様がララ様に怒られていたのを思い出しちゃって」 「……ララは昔から手が出るのが早いんだ」 「ふふっ、小さくなってるルーカス様が可愛かったです」 「……君は情けない俺が好きなのか?」 「どうでしょう? でも、どんな姿のルーカス様もとても素敵です。強いルーカス様も、たくさん話すルーカス様も、真っ赤になったお顔のルーカス様も」 「……っ」  見上げながらふふっと笑うと、ルーカス様のお顔がみるみる真っ赤になってしまった。 「君は本当に……」  瞳を潤ませ真っ赤になるルーカス様、私はこのお顔がとても好きかもしれない。だって、私にしかこんな風にならないのだもの。 「あまり煽らないでくれ」 「え?」 「これでも、先ほどからずっと君に口付けをしたいのを我慢している」 「くっ……!」 「早く君と結婚したい」  その言葉に、今度は私が顔が熱くなった。  後からノア様に、何を二人で顔を赤くしていたのか聞かれたけれど、とてもじゃないけれど答えられるはずもなかった。
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