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私だけの愛しい婚約者様
「あらあらまあまあ! ようこそいらっしゃいました!」
ある晴れた日の午後。
私とルーカス様は、マダムオリビアのお店を尋ねた。
「なんだかお二人ともお顔がとっても晴れやかですわね! よろしいことですわ!」
相変わらず舞台俳優のような動きでルーカス様と握手を交わすマダムは、眼鏡の奥をギラギラと光らせて私の顔を覗き込んだ。
「それで、本日はどういたしましたの? 新しいドレスをお仕立てになるとお聞きしていますけれど」
「ウェディングドレスを仕立ててほしい」
ルーカス様は私の肩をグッと抱き寄せて、マダムに無表情のまま伝えた。
そうなんだけれど恥ずかしい! そうなんだけれど!
「まあああ! なんてことでしょうとっても素晴らしいわ!」
マダムは両手でぎゅうっと私の手を握りしめると、一層目をキラキラさせて踊りだすのではないかというくらい喜んでくれた。
「いいわいいわいいわ! とってもイメージが沸いてきましたわ!」
「あ、あの」
「さあ! 参りましょう!」
またもぐいぐいとマダムに手を引かれ奥へと連れて行かれる私。
待って待って、デザイン案はどうなっているの!?
そう思ってルーカス様を振り返ると、ルーカス様はとってもいい笑顔で私を見送ってくれた。
*
「もうほとんどデザインが決まっていたではありませんか!」
帰りの馬車で向かいに座るルーカス様にむうっと口を尖らせると、まったく気にしない様子でルーカス様はマダムから貰ってきたデザイン案を熱心に見ながらちらりと視線を上げた。
「そんなことはない。最後に決めるのはダフネだ」
「そうですけど」
「気に入らなかったか?」
そう言って立ち上がり私の隣の席に腰を下ろす。
近い。近いわ!
「そ、そうではないですけど。ルーカス様の希望が分かって嬉しいですけど」
「マダムの店は予約がびっしりだからな。ウェディングドレスは時間が掛かると聞いた。ある程度決めて時間を短縮したほうがいいかと思ったんだが」
ふむ、と顎に手をかけて考える様子のルーカス様。その横顔をそっと窺い見て、美しい横顔に胸がきゅんとする。
もうすっかり立場が逆転しているわ。私の方が意識しすぎてしまって、まともにルーカス様の顔を見るのが難しいんだもの!
「俺としては早くダフネとの結婚を進めたいんだが、いやだったか?」
そう言ってルーカス様が私の髪を指で掬い上げ、ちゅっと髪に口付けを落とす。
「ぜ、全然嫌ではありません!」
「そうか、良かった」
そう言って笑うルーカス様の笑顔の美しいこと……!
「ダフネ? 顔が赤い」
「きっ気のせいですぅ!」
顔を両手で押さえてそう叫んでも、掌から伝わる頬の熱さ。
ええ、ええ! 多分きっと絶対真っ赤だとは思いますけれども!
ははっと声を上げて笑うルーカス様は手にしていたデザイン案を向かいの席に放り投げると、頬を抑えていた私の手をそっと剥がして顔を覗き込む。
そのお顔は、もう赤くない。
「かわいいな、ダフネ」
ちゅっと口付けされて益々顔が赤くなる私。
「無口なルーカス様はどこに……」
「あれは言葉にしていなかっただけだ。思っていることは全て伝えると決めたのでな」
また柔らかく唇が押し当てられる。
「心してくれ、愛しいダフネ」
「それは、ルーカス様です!」
そう言って美しく笑うルーカス様のお顔に、えいっと口付けをすると、突然のことに驚いたルーカス様が口元を手で覆い顔を赤くした。
私だって、あなたをいつだって真っ赤にすることが出来るんだから!
真っ赤な顔のルーカス様ににっこりと笑う。
「心してくださいね、私だけの愛しい婚約者様」
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