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どっちにしても、よろしくない噂しか入ってこないしそれならそれで、いない方がまし。
着古した木綿の着物が肌寒い季節になってきた。綿入れあったかなと思っていると、背後から声をかけられた。
「おはよう、鈴。私の朝ごはんは?」
紫色の矢絣のお召に黒の鹿の子絞りのお七帯を胸高に締めて、髪には真っ赤なリボンを結んでいる。
一枝家の一人娘、葉菜子お嬢様だ。
「こちらにご用意しております。お嬢様」
そう言って戸棚にかろうじて残っていたお皿に載せた一枚の食パンとバタを差し出すと、葉菜子お嬢様はふんと鼻を鳴らした。
「トーストに、バタか。ま、及第点ってとこかしら。―ねえ、鈴。今晩のお夕食はハンバーグがいいわ。もうご飯と薩摩汁は飽いたのよ。たまには洋風なものが食べたいの!ねえ、いいでしょ?」
そう言って猫なで声を出すお嬢様を、旦那様がたしなめる。
「これ、葉菜子。わがままを言うんじゃない。しかし確かに食費がかかるといってもこう献立が単調ではな…。たまには鮨とか精がつくものが食べたいもんだ」
「お鮨?ねえ、いいじゃない?たまには!私、両国の与兵衛に行ってみたかったの!たまにはいいじゃありませんこと!あなた!」
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