37人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
二
街から藪を抜け、林道を通り抜けた先にその家はあった。
人里からは離れている。
恐る恐る木戸を引くと、からからと乾いた音がした。
家に隣接する庭と畑。小さいながらもよく整備されている。主が几帳面で面倒見がいいのであろうと凛は思った。
声をかけるのを少し躊躇っていると、戸口が開いた。
のそっと出てきたのはとても大柄な男で、凛は一瞬体を強張らせた。
男は黙って凜を見ている。
凛は体中の力を使って精一杯の声を出した。
「柊三郎様でございますか。私、凛と申します。これからよろしく、お願い申し上げます」
ようやっとの声と気力を振り絞って夫に挨拶すると、凛は深々と頭を下げた。
「こちらへ」
柊三郎の返事は短く、笑顔もない。
凜を歓迎しているわけではなさそうだ。
それでもこれからの長い人生を、柊三郎と過ごさなければならない。
持ってきた風呂敷包みを胸にギュッと抱えて、凛は柊三郎の後に従って家の中に足を踏み入れた。
土間口に立つと、部屋の全貌が見えた。
一軒家ではあるけれど、綺麗に片付けられた部屋の全貌が見渡せた。
「井戸は中庭に。川も近くにある。荷物はそれだけか?」
柊三郎の問いに、凛は頷いた。
風呂敷包みを開くと、白布に包まれた2つの茶碗と夜着、着物が二枚。
花嫁道具としては、とても少ない持ち物だった。
凛は三つ指をついて、柊三郎に言った。
「不束者ですが、何卒よろしゅうお願いいたします」
柊三郎は、黙ったまま頷く。
目鼻立ちは整った男だが、相変わらずの無表情さに、凛の心は暗く沈んだ。
きっと新蔵に頼まれて断れなかったのだろう。
心に想い人がいたのかも知れない。
行為自体は未遂とはいえ、嫁入り前に胸元を広げられ、喉元を舐められた。
そんな傷物となった自分のことを柊三郎は知っているのだろうか。
凛は柊三郎に知られたくない、と思った。
柊三郎は凛の持ってきた茶碗を見ている。
「夫婦茶碗か。良い色合いだ」
柊三郎の声は聞き心地がよく耳に響く。
「父様が持たせてくれました。父様の目利きは随一と存じます」
柊三郎はうむ、と頷いた。
「焼継の仕事をしているからか、噂はかねがね。落ち着いたら父御にご挨拶に伺おう」
笑顔は見せないが、声音に柊三郎の気遣いを感じて凛は目頭が熱くなった。
最初のコメントを投稿しよう!