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「私の仕事場は裏の納屋にある。ここで仕事をすることが多いが、呼ばれれば赴いてそこで茶碗を継ぐ」  裏庭に住む場所とは別に、小さな納屋があった。  棚には無数の茶碗が並んでいる。  凛は興味深く、茶碗を眺めた。  どの茶碗にも、ひび割れ欠けた物を継いだ痕ががある。中には金で継いだ茶碗もあった。 「美しいものですね」 「そのままでも美しいが、継いだことで味わいが出る。茶碗に命が吹き込まれる。一つとして同じものはない」  茶碗を見つめる柊三郎の優しい眼差しを凛は見つめた。胸の中にぽわりと浮かぶ温かな気持ちに戸惑って、凛は両手を固く組み合わせた。  ひとしきり茶碗を眺め、家と家の周りを案内されると、日がかなり傾いている。  凛は夕餉の下句に取り掛かる。  竈で米を炊く。柊三郎が畑から大根を取ってきた。桶で洗われた真っ白な大根が美しい。  凛は鍋で大根を炊き、大根葉を湯がいてお浸しにする。  次に柊三郎が現れると、七輪と干鰯を手にしている。 「祝言と言うのに鯛一つ、もてなせなくてかたじけないな」  凛は首を振った。 「これだけあれば、ご馳走でございます。柊三郎様が作った大根は、立派でございますね」  凛の言葉に柊三郎は、わずかに笑みを浮かべた。  一生懸命働く凜を目を細めて眺める。  肉付きがなく、ほっそりとしているが水桶をよろけずに運ぶなど、意外に力がある。  利発な受け答えも好ましい、と思った。  膳の用意が出来ると、二人は静かに慎ましく食事をした。 「疲れていることだろう。湯殿を先に使って今宵は早く休むといい」  柊三郎の言葉に凛は首を振る。 「そのようなことをすれば父様に叱られます。どうぞ、柊三郎様がお先に」  二人はそれぞれに湯殿を使い、隣り合わせに敷かれた布団の上にぎこちなく座った。  柊三郎は身を固くして布団の上座している凜に向かって、ぶっきらぼうに言う。 「湯冷めをせぬ内に、布団に入れ。明日も早い。ゆるりと休まれよ」  そう言うと柊三郎は先に布団に横になり、凜に背を向けて寝始めた。  凛は柊三郎を眺めると、静かに布団に横になった。初夜を行わずに済んだ安堵の気持ちと、自分への興味がまったくないのではないか、という不安な気持ちが入り混じり、その夜はなかなか寝付けなかった。
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