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 凛が嫁いで来た時には青々と茂っていた庭木の葉が色づき、風に吹かれてひらひらと庭に舞い落ちた。  茶碗継ぎに呼ばれて街に出かけている柊三郎を待ちながら、凛は庭を眺めている。  柊三郎から凛に触れる事はなかったが、二人は穏やかな日々を過ごしていた。 「柊さぁん、茶碗継いでおくれよぅ、家の宿六(やどろく)と喧嘩しちまって、投げつけた茶碗をおっかいちゃったんだよ」  大きな声でやって来たのは、林向こうに住む大工頭、八吉の女房のつよだった。  つよの声に、笑いながら凛が出ていく。 「凛ちゃん。柊さんは? 昼飯に間に合うよう、急ぎで頼みたかったんだけどねぇ」 「つよさん、また親方と喧嘩したの?」 「凛ちゃん、聞いておくれよ。あの宿六! 雨だからって、稼ぎもしないで朝から飲んだくれてやがるんだよ。ったく。朝酒なんて、だらしない男だよ。柊さんが真面目で羨ましいよ。アタシがあと十ほど若かったらほっとかなかったんだけどねえ」 「つよさん、たら」  ふざけてシナを作るつよに、凛が微笑む。 「そうだ。林道に見慣れない男が彷徨(うろつ)いていたよ。色白で綺麗な格好をしていたけど、なんだか蛇みたいな男でねぇ、アタシの好みではなかったけれどさ。柊さんが居ないなら、凛ちゃん気をつけるんだよ」  色の白い蛇のような男。  凛の脳裏に、咸吉の姿が浮かぶ。  襲われた夜から、半年。  漸く悪夢を忘れられたのに。  次第に喉が詰まり、息ができなくなって行く。  つよは凛の肩を掴んだ。 「ちょっと、凛ちゃん。大丈夫かい? 凛ちゃん」  つよの声が次第に遠くなって行く。 「柊さんっ、柊さんっ、凛ちゃんが!!!」  ちょうど茶碗継から帰って来た柊三郎が、つよの声に駆けつけた。 「どうした、凛。しっかりしろ」  柊三郎は凛を軽々と抱き上げる。  柊三郎の温かさと体の硬さを感じて、凛は幸せだ、と思った。
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