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六
柊三郎が焼継ぎに呼ばれたのは、商家街にある長屋の一角だった。
茶碗が五つ、真っ二つに欠けている。
「作業の前にお茶でも上がってくださいな」
「いや。急いでいるので」
「いいじゃないか。うちのも今日は遅くなると言うんだよ。寂しい女の独り身。話し相手になっておくれよ。賃金弾むよ」
「私の生業は茶碗継であって、語り部ではないからな。寂しければ落語家を呼ぶと良い。さぞや面白い話が聞けることだろう」
「兄さん、いい男なのにつれないねぇ。まさか女に慣れていないのかい?」
柊三郎はすり寄ってくる女から身を引いて、作業を進める。
「作業中、近寄ると怪我をするぞ」
「あんたに怪我をさせられるんなら、それでもいいねぇ」
なおもしなだれかかる女に不信を抱いた柊三郎は、準備していた道具を袋にしまい始めた。
「奥方の亭主の名はなんてぇんだい?」
「ほんと、無粋な男だねぇ。こんな時に亭主のことなど話題にするなんて。まぁ、いいさ。名前は咸吉ってんだよ」
柊三郎は道具を持って立ち上がる。
「急にどうしたんだい?」
「なぜ茶碗がこんなに割れた?」
「今朝、亭主とやりあっちまってねぇ。あの人が茶碗を投げつけて、おっかいちまったんだよ。なのに、今すぐ継ぎ師に頼んで直しとけだとさ。あぁ、思い出しても腹が立つ。若い女に現を抜かしてから、うちの人はおかしくなっちまったんだ。ねぇ、兄さん、アタシに付き合っておくれよ。あの人だけ、若い女に通うのは筋が通らない話しだろ?」
「悪いが俺には、惚れた女房がいるんだ。奥方には付き合えぬ。急ぎの用向きを思い出した故、申し訳ないが今日のところは失礼する……」
柊三郎が言い終わらぬ内、女が飛びついて来た。
柊三郎を抱きしめる。
女を自分から引き離し、上がり段に押しやると柊三郎は慌てて走り始めた。
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