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 柊三郎がいない間に、布団を干したり掃除をしていた凛は、突然後ろから抱き竦められたことに驚愕した。  手で口を塞がれる。  大声を出そうとありったけの力で、男を突き飛ばそうとするが、後から入ってきた浪人風の男が刀を凛の首元に押し付けた。 「斬られたくなくば、黙れ」  口に布を噛ませられ、きつく縛り挙げられ、身動どころか息を吸うこともままならない。  縛られたまま、大きな桶の中に押し込まれた。  がっちりと桶の蓋が締められ、荷縄をかけられた。桶の継ぎ目の隙間からかろうじて見える景色で、凛は町外れの破れ寺(やれでら)に着いた事を知った。  ギッと音がして、桶の蓋が外された。  桶を覗き込んで来たのは浪人風の男ではなく、咸吉であることを知り、一気に鳥肌立つ。  咸吉は桶の中で怯えている凜を見て、ついと笑った。 「久しいな、凛。会いたかったぞ」  そう言うと、凛の頬に手をあてる。  気持ちが悪くて、必死に顔をそむけようとする凛の首筋を指先でなぞる。 「こっちはお前に負わされた火傷が酷くて、未だに痛むと言うのに。お前は私に会いにも来ない。だから、こちらから会いに来てやったのだ」  桶の中で顔を背け震えている凜を抱き上げ、寺の堂床にそっとおろした。 「驚いたぞ。お前が嫁にやられたと聞いた時はな」  咸吉は縛られて声も出せず、動けずに床に転がされている凛ににじり寄る。 「好きでもない男に嫁ぐのは辛かったことだろう。凜、これからは私の側に居れば良い」  咸吉の言葉に、凛は頭を振る。  勢いよく首を振ったため、口元を縛っていた布が緩んだ。 「嫌です。私は柊三郎様の妻です。あなたとは生きません」  バシンッと音が鳴った。  凛の言葉を皆まで聞かぬ内、咸吉が凛の頬を殴打した。突然強く殴られ、凛の口の端が切れる。  ツッと真っ赤な鮮血か一筋流れ落ちた。  痛みに黙った凛を咸吉は抱き締める。 「おまえはまだ若い。物事の良し悪し、分別がついてはおらぬ。だから、黙って私に従えば良いのじゃ」  結髪に顔をうずめ、抱きしめる事に夢中になっている咸吉の顎に向けて、凛は思い切り頭突きした。  
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