37人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
七
柊三郎がいない間に、布団を干したり掃除をしていた凛は、突然後ろから抱き竦められたことに驚愕した。
手で口を塞がれる。
大声を出そうとありったけの力で、男を突き飛ばそうとするが、後から入ってきた浪人風の男が刀を凛の首元に押し付けた。
「斬られたくなくば、黙れ」
口に布を噛ませられ、きつく縛り挙げられ、身動どころか息を吸うこともままならない。
縛られたまま、大きな桶の中に押し込まれた。
がっちりと桶の蓋が締められ、荷縄をかけられた。桶の継ぎ目の隙間からかろうじて見える景色で、凛は町外れの破れ寺に着いた事を知った。
ギッと音がして、桶の蓋が外された。
桶を覗き込んで来たのは浪人風の男ではなく、咸吉であることを知り、一気に鳥肌立つ。
咸吉は桶の中で怯えている凜を見て、ついと笑った。
「久しいな、凛。会いたかったぞ」
そう言うと、凛の頬に手をあてる。
気持ちが悪くて、必死に顔をそむけようとする凛の首筋を指先でなぞる。
「こっちはお前に負わされた火傷が酷くて、未だに痛むと言うのに。お前は私に会いにも来ない。だから、こちらから会いに来てやったのだ」
桶の中で顔を背け震えている凜を抱き上げ、寺の堂床にそっとおろした。
「驚いたぞ。お前が嫁にやられたと聞いた時はな」
咸吉は縛られて声も出せず、動けずに床に転がされている凛ににじり寄る。
「好きでもない男に嫁ぐのは辛かったことだろう。凜、これからは私の側に居れば良い」
咸吉の言葉に、凛は頭を振る。
勢いよく首を振ったため、口元を縛っていた布が緩んだ。
「嫌です。私は柊三郎様の妻です。あなたとは生きません」
バシンッと音が鳴った。
凛の言葉を皆まで聞かぬ内、咸吉が凛の頬を殴打した。突然強く殴られ、凛の口の端が切れる。
ツッと真っ赤な鮮血か一筋流れ落ちた。
痛みに黙った凛を咸吉は抱き締める。
「おまえはまだ若い。物事の良し悪し、分別がついてはおらぬ。だから、黙って私に従えば良いのじゃ」
結髪に顔をうずめ、抱きしめる事に夢中になっている咸吉の顎に向けて、凛は思い切り頭突きした。
最初のコメントを投稿しよう!