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「うっ」  凛の頭突きは咸吉の鼻に当たった。  咸吉の鼻から、血が流れた。  痛みで怒りが増した咸吉は、凛の頬を二度、三度と打った。  凛がグッタリすると、凛の身体に巻いていた縄を懐に入れていた小刀でザクリと切った。  手首足首に巻かれている縄は外していないため、身体の縄を切られたところで、逃げることはできなかった。  咸吉は凛の帯に手をかける。  咸吉のやろうとしていることを悟った凛は体を(よじ)らせて抵抗する。 「本当に傷物となったお前を、亭主がそのまま妻にすると思うか? 不義密通で手打ちになったとしても、私はお前と死ねる。私とお前は永遠に一緒だ」 「私が一生を共にすると誓ったのは、柊三郎様だけです。心は常にあの方と共に」 「馬鹿な女め。おまえのような物知らずな女を嫁に貰うのも、よほど冴えない男なのだろうな。柊三郎とやらは。だが。本当にお前を愛しているのか? 親に言われて渋々夫婦になったのだろう?」  凛は口元を引き結んだ。咸吉の言葉が胸に刺さる。それこそは凛が恐れていることだった。  静かになった凛を組み敷いて、咸吉は笑みを浮かべた。 「図星か。お前は私と一緒になろう。私が愛してやる」 「たとえ、たとえ汚されても。私の心は柊三郎様のもの」  凛の言葉にカッとした咸吉は、凛を力いっぱい殴り飛ばした。床から三和土(たたき)に打ち付けられ、息を吸い込めず()せた。  胸や頭を強く打ち付けたためか、クラクラして視界が歪んだ。  更に拳を振り上げる咸吉を見ながら、最後に見る景色は柊三郎が良かった、と凛は思った。  もっと話したいことがあった。  もっと伝えることがあった。  柊三郎は、汚れた自分を愛してくれるだろうか。  仕方なく自分と一緒になったのだろうか。  怖くて言えなかったこと。  聞けなかったこと。  今更後悔しても遅いけれど、自分は柊三郎を愛している。  凛ははっきりと自覚した。
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