3.魔術師

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 俺は一軒の店に入り、蜜色の小さな丸い飴を買った。小箱にぎっしりと詰めてもらった甘味を見れば、トアたちの喜ぶ顔が浮かぶ。贔屓客が付かない頃は、甘味一つ口に出来はしない。他にもいくつか店を巡り、ついあれこれ買い込んでしまった。買い物が終わる頃には、もう日が沈もうとしていた。  夜になって明かりがつくのは、客を引く娼館や酒場ぐらいだ。店を出て、足早に歩き始めた時だった。菓子を持った護衛の男が、ふっと道をそれた。どこへ行くのかと問えば、こちらの方が近道だと言う。首を傾げて後を追うと、どんどん細い路地に入っていく。  嫌な予感がして、足が止まる。行かない方がいい。俺の勘は、昔からよく当たる。  身を翻して元の通りへと歩き出せば、前を塞ぐように一人の男が現れた。薄闇の中にで目をぎらつかせた男には、覚えがあった。 「私のサーラ! ようやく会えた!」 「ひっ! ……何でここに?」  以前、俺の体中に痕を付けて、出禁になった客だ。あの後も何度もやってきて、散々門前払いを食わされたと聞いた。男は俺の両腕を掴み、ぐっと顔を近づけてくる。 「ああ、変わらず美しいな。あの館主が私たちの仲を裂こうとするから、こうするしかなかったんだ。愛しいサーラ、私と行こう」 「……行く? 行くってどこへ?」  動揺して後ずさる俺に男はうっとりした視線を向けてくる。普段は大人しいのに、思い込みの激しいところがある男だった。高位貴族の息子で、真剣に俺を身請けしたいと言ってきたこともある。お父上の名に障りますと言って、泣き落としで何とかあきらめさせたのだ。 「何、心配することはない。お前が身請けを嫌がって逃げ出したと、あいつが伝えてくれるよ。たんまり金を払ったからな」  一緒に来た護衛か、とはっとする。あの用心棒は、こいつが潜り込ませたのか。  俺から目を離さない男は、口元に笑みを浮かべたまま、ぎりぎりと腕に力を入れた。血走った瞳は狂気を孕んでいる。あまりの痛みに呻き声をあげても、気にする様子もない。 「身請けなんて……許さない。お前は私のものだ。他の男の元に行くなんて……。お前は私の為を想って身を引いてくれたのに!」  男は独り言を言いながら、無理やり俺の手を引いた。すぐ近くに馬車がある、俺のために屋敷を用意したと言う。ぞっとして、胸が一気に苦しくなった。
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